先日、髪を切りに行った時に美容師さんが「お盆には、家族で(東北の)実家に帰るんです」と話してくれた。



「帰れる実家があることはありがたいことだよね」と私がしみじみ言うと、その人も「ほんとにそう思います」と応えていた。






生まれてからずっと、お盆には実家と母の実家でお墓参りをして、それぞれに里帰りした親族達が集まって食事をするもの…だった。



結婚してからも、義実家に義弟家族や夫の叔父さん夫婦など、大勢が集まって賑やかに過ごした。



実家のある地方のお盆では、初盆には白の、そうでない墓には色鮮やかな盆灯籠を立てる風習があった。







義実家のお盆では、ご先祖様が帰ってくるというので、迎え盆と送り盆の日を大切にしていた。



仏壇には、ご先祖様がそれに乗って帰ってくるというキュウリやナスで作った動物が供えられていた。



キュウリは馬に見立てて早く帰ってくるように、ナスは牛に見立ててゆっくり帰っていくようにとう意味らしい。



先祖を大切にする心優しい日本の伝統だ。







でも、実家も義実家も住む人がいなくなり、墓じまいをしたり進めたりしている。



実家の方は、母が元気なうちに、子や孫に迷惑をかけないようにと、納骨堂の一角を購入して墓じまいをした。



納骨堂のロッカーのような扉の中には、それぞれに小さな仏壇が設けてある。



それが、とってもチープでちゃっちいのだ💦



亡くなった祖父母や父の骨が納められているので何度か参ったのだが、石の墓に比べて趣もありがたみも感じられない。



弟も「墓参りした気がしないよな」といつも言っている。



やっぱり、ど〜んとした存在感のある墓石が見晴らしの良い場所に建っているお墓が馴染み深い。



幼い時からの慣習が染み付いている。



弟は、悩みのある時には、わざわざ母の実家のお墓まで参っているそうだ。



その方が心が落ち着き、整うのだろう。



一方で、社会の変化とともに樹木葬やら散骨やら、埋葬の仕方も大きく変わってきている。



お墓やお盆の在り方も意義も変化していくことだろう。



その中で、日本人の美徳のようなものは失うことなく、大切にしてほしい。






我が家では、誰もいない実家に帰ることもなく、帰省する子どもがいるわけでもなく、お盆でもいつもと変わらない生活だ。



かつて、慌ただしく遠距離を帰省して、嫁として振る舞いながら親戚の人達と交流し、お墓で手を合わせていたお盆が、今では懐かしくもある。



とはいえ、息子のこともあり、親戚と顔を合わせるのが少ししんどい自分もいるので、気は楽でもある。



今は心の中で、ご先祖様にそっと手を合わせておこう🙏🏻