思春期になると、息子はかなり辛辣な言葉を私に投げてくるようになりました。



その言葉に、時には傷つき、時には凹み、私は振り回されてきました。



息子との会話はあまリなかったので、口にするまでには本人の中で相当考えた末のことだと思います。



くそ真面目な私は、息子の言葉を受け流すことができず、それを常に真に受けていましたが、全てそうする必要はないとアドバイスを受けました。



けれども、息子が発したいくつかの言葉の中には、私が価値観や意識を変えるきっかけになったものがあるのです。


(これまでのブログにも書いているので重複しますが、お許しください🙏🏻)




①あんたらが学校に行かせよう行かせようとしてきたことが、俺にとってどんなに苦しいことだったか分かんないのか!


これは、息子が真面目に通っていた通信制高校を辞めると言った時に、なんとか説得しようとした私に言い放った言葉です。

小さい頃から「学校が嫌だ!」と息子が言い続けているのに、学校に行くことだけが将来に繋がる唯一の道なのだと信じて私が良かれと思ってやってきたことが、そんなに息子を苦しめていたのかと、雷に打たれたような衝撃でした。

息子は、私の願いや期待に応えようと頑張ってきたのだと思います。

その優しさに甘えて、自分のエゴを押し通してきたようで、自分を責めました。

気がつけば、長い間の親子のズレが親子関係をかなり悪化させてしまいました。

まずは、親子関係を修復していくこと、息子の想いを大切にすることを優先したいと肝に命じたのを覚えています。





②母さんは母さんの人生をやってくれ!


17歳当時の息子が境界線のことなど知っていたわけではないと思いますが、彼にしてみれば、自分の人生は自分で考えたい、決めたいということの現れだったのでしょう。

親の「私が何とかしなければ」は、先回りや過干渉になって、子どもとの境界線を越えてしまいます。

それは、子どものやる気を奪い、自分で立ち上がっていく力を削いでしまいます。

私は息子の人生を乗っ取ってコントロールしようとしていたことに気づかされました。

それからは、ベクトルを自分に向けて、自分に向き合うことを始めました。

自分の人生なんてそれまで考えたこともなく、ただただ子どものことだけに必死になっていた私の転換点になりました。





③ペンギンは空を飛べない


これを聞いた時にはショックで、息子がなんだか人生を諦めているように感じて悲しくなりました。

でも、よく考えてみると、『自分は自分でいいんだ』と、苦しんだ末に息子が至った境地なのかとも思えました。

みんなと同じようにできない、普通になれない自分を受け入れたということなのかもしれなせん。

自閉スペクトラム症の中には、普通でありたいとカモフラージュをして生きていくことに苦しむ人も多くいます。

息子は、そこまで無理を重ねて周りに合わせて生きていきたくはないと、ある意味悟ったのでしょう。

不安はゼロではないですが、息子の人生を見守りたいと思います。





まだ他にも息子から言われた言葉はたくさんありますが、忘れられない3つについて書いてみました。



これらは、息子と私の変化と成長の記憶でもありますニコニコ