我が家には私の部屋はないので、必然的にリビングで過ごすということになる。
そこには夫がいつもいるので、ほぼほぼ2人で顔を突き合わせて暮らしている。
時々、口げんかになったり煮詰まったりして、むしょーに1人になりたくなる。
今日は、1人でどこかに出かけたくなった。
そこで、私の罪悪感が少しばかりうずく。
病気の夫を息子に任せて自分だけ出かけていいの?
自分だけ楽しんじゃっていいの?
これは、いくつかある私の思考のパターンの1つだ。
なんでこういう思考になるかと考えてみると、実家の母との関係が影響していると思われる。
田舎育ちの母は、小さい頃から家のことをさんざん手伝わされてきた。
家事や農作業など、けっこう過酷だったらしい。
そんな子ども時代を送ったので、私がお盆やお正月に友達と遊びに行ったり部活の合宿があったりすると、すごく機嫌が悪かった。
主婦が大変な時期に娘が手伝わないなんてあり得ない、という感じだった。
私は遊びに行く時もなんだか後ろめたいというか、申し訳ないと思っていた。
そんなことから、自分だけ楽しんではいけない、幸せになってはいけないという思い込みが身についてしまったのではないだろうか。
今にして思えば、母とは共依存の関係だったので、母が幸せでいてほしいという想いが私の中では今でも強くある。
現在は、家族に申し訳ないという気持ちはゼロではないけれど、母の呪縛からはかなり自由になった。
夫も息子も私が出かける時には快く送り出してくれる。
息子など、私がいない方がのびのびできるようだ![]()
息子は思春期の頃、『死』を度々口にしていたので、長時間1人にしておくのが怖かった。
今はそれもなくなり、それぞれのやりたいことや時間を大事にできている。
母親が楽しんで機嫌よくいてくれる方が、ずっと家に居て監視されているよりもよっぽど安心できるよね![]()
さて、今日は前から気になっていた映画を観た。
『マイケル』だ!(ネタバレあり)

私は映画通ではないけれど、気になる作品は1人でも観に行っている。
ガラガラの映画館でゆったり観るのが好きだ。(今日は、ガラガラではなかった)
世界的な大スターだったマイケル・ジャクソンは、実際はどんな人だったんだろうかと、興味があった。
ぶっちゃけ、かなり見ごたえのある作品だった。
マイケルを演じているのが実の甥っ子だそうで、歌もダンスの切れもすごい!
マイケルの天才的な才能も純粋な人だったことも伝わってきた。(父親は毒親)
鼻を整形して、時間の経過とともに形がどんどん変わっていくのが、リアルすぎて気になった
(特殊メイク?)
ただ、光の部分だけが描かれていて影の部分は出てこなかったのが残念。
