息子をなんとかしなければと孤軍奮闘してきたけれど、気がつけば息子は成人に近づいていた。



その頃には学校という制度からも解放され、家にいる息子に手もかからなくなったので、自分の人生を楽しみたいと思うようになっていた矢先に



夫が脳出血で倒れたガーン



えっ!!!このタイミングで?なんで???



絶望的な気持ちになったガーン



幸い夫は命に別条はなかったけれど、仕事も辞めて自宅療養になった。



退院してからは、食事の世話、外出介助、リハビリの送り出しと出迎えなど、夫中心の生活が始まった。



当初は、制約が多くて自分の自由がほぼなくなったようで苦しかった。



夫とずっと一緒にいるのに慣れなかったし、夫も体の自由が利かなくなったことを受け入れるのに時間がかかり、ぶつかることも多かった。



そんな制限のある中でも時間をやりくりしながら、息子にも協力してもらいながら、自分のやりたいことをしてきた。



制約があるからこそ、少しの自由な時間が大切で、それを楽しもうと思っている。





先日、息子が「うちは裕福だよね」と、突然言った。(年金生活で、決して裕福ではありませんアセアセ



なんでそう思うのかきいてみると、「それぞれが趣味を楽しんでいるから」ということらしい。



息子や夫は今、好きなことしかしていないし、私もボランティアや学びやお出かけなど、やりたいことをしている。(家事は3人で分担しています)



それぞれが自由に暮らしていて、ゆとりがあるように思っているのかもしれない。



「それは、お父さんのおかげだよ。今は食費なんかも(息子は)出さなくていいからね」と、私が言うと



「収入はあったほうがいいと思ってるよ」と、息子が答えた。



えっ!そうなの?🙄



ついこの前まで、「絶対に仕事はしない!誰とも関わりたくない!」と言っていたのに、少し気持ちが変わってきたのだろうか。



好きなことや趣味にもお金が必要だということがようやく分かってきたのだろうか。



「ゆっくり自分に合うやり方を見つけていこうね」とだけ私から伝えておいた。





いろいろチャレンジしては挫折したり、途中でやめてしまうことを繰り返している息子。



私はその度に、『あ〜またか。何をやっても続かない』と、絶望的な気持ちになる。



期待していないようで、実は期待して落胆してしまう自分が情けなくなる。



親だから仕方ないとも思っててはいるけど、、、



でも、そんな絶望的な中でも小さな小さな希望が見えてくる。



息子は気持ちを立て直して、また進もうとしているような気がする。



人生は、その繰り返しなのかもしれない。



普通であることを手放した息子は、自分に合う環境、生き方や在り方をまだまだ模索中なのだ。



これは、この先ずっと続いていくかもしれないが、そう思えると気持ちが少し楽になったニコニコ