前回、私自身も息子のことをなかなか大丈夫だと思えなくて、苦しかったということを書いた。



特性もあり、その言動を理解するのも予測するのも難しく、困惑することも多いので、私の中では不安や心配が絶えなかった。



1人の人間の中には、いろんな面というか部分があるのだけれど、私は



学校に行かない

仕事をしない

人と関われない



という息子のマイナス面にばかりフォーカスしてきた。



とにかく、そこばかりが気になってしかたがなかった。



日本社会で生きていくためには、これらができることが必要な条件だと頑なに思い込んできた。



たしかに、社会ではこれらにウェイトが置かれ、人物が評価され、重要視されている。



優しさ、誠実さ、思慮深さなどの内面よりもずっと優先されている。





そこで視点を変えて、なかなか息子をまるっと全部大丈夫と思えなくても、大丈夫と思える部分を探してみた。



ある日の朝のこと。。。



・息子が起きてきた(生きているから大丈夫



・朝ごはんは、いつもはご飯だけど、今日は食パンを焼いてチョコクリームをつけて食べていた(食欲もあり、食べたい物を自分で選んでいるから大丈夫



・今度、夫を大学病院に連れていくけど、私の体調が悪いからどうしようと話していたら、「父さんを車椅子で、僕が電車で連れて行こうか?」と言ってくれた(現実的には難しいので、丁重にお断りしたが、親を思いやる気持ちがあるから大丈夫



・私達が大学病院に行く日に一緒に車で街まで出て、自分の洋服を買ってきたいそうだ(この前まで私が選んでいたけれど、1人で買えるようになったから大丈夫




短時間の中で、大丈夫をいくつも見つけられたびっくり



この小さな大丈夫を積み重ねていったら、いつか大きな大丈夫になる気がする。



できないことに目を向けて悲観することが多いけれど、小さな大丈夫を見つけていくと、気持ちが少し楽になる。



究極は、どうなっても大丈夫と思える自分になれたらいいなぁと思っている。



小さな幸せも、小さな大丈夫も、コツコツと積み重ねていこうウインク