「愛されてると感じられないんだよね」
これ、時々息子が私達にぶつけてくる言葉だ。
『えっ!!!そんなふうに感じてるんだ』という驚きとともに悲しくなってくる。
(「感謝している」と言ってくれることもあるんだけどね
)
愛情が足らなかったのだろうか?
私は自分のプライドや世間体のために子育てしてきたのだろうか?
心のどこかでありのままの息子をを受け入れられない、親の願いや期待を捨てきれないという私の痛い部分を突いてくるなぁ、、、
息子の幸せを願って必死だったのは間違いないんだけど、方向性が違ってたんだよね、、、
ふと、息子が幼い頃に読んだ本の一節を思い出す。
当時は、まだまだ発達障害という言葉が浸透していなかった。
本の中の『アスペルガー』という言葉に、もしかしたら息子が該当するのではないかと不安になったり、それを否定してみたり頭の中でグルグルしていた。
本には、「アスペルガーの子どもにいくら愛情を注いでも『ザルに水』のように漏れていくだけで、本人には伝わらない」というようなことが書いてあり、ショックを受けた。
親がどんなに愛してもそれが子どもには伝わらないだって?
そんなことある?
人だったら何か感じるはずでしょ!
きっと、どんな子でも親の愛は伝わるはずだ!
本に書かれたことを打ち消すように、私はそう思い込もうとしていた。
あれから20年近くが経ち、長年の親子のズレというか、溝を埋めようと努めてはいるが、息子の暴言に心が折れることがある。
一度思い込んでしまったら、特性上変えることは難しいのだろうか。
息子のイライラや不安をぶつけられているだけだと分かっていても
親に自分を理解し受け入れてほしいという気持ちがあるのだと分かっていても
辛いし、傷つく。
息子はもしかしたら、親がいなくなった後に愛情を感じるのかもしれないなぁ、、、
バウンダリー(境界線)について、『自分の領域・相手の領域・神の領域』があると学んだことがある。
息子の特性として、私にはどうにもできないこともある。
それでも、少しでも無償の愛に近づきたい。
修復できる、いつか伝わるという想いを捨てずに生きていきたい![]()