長い間、息子のメンタルの弱さ、繊細さは私の悩みの1つだった。



息子は感覚過敏があり(ずっと後で分かった)、音や光、触感、味覚など過剰に反応してしまう。



そのせいか、多くの人が普通に、当たり前にできることが難しい。



例えば、、、

・赤ちゃんや犬や猫などの小動物が怖い(予期せぬ動きをするため)

・砂浜や人工マットに裸足で立てない(海水浴もプールも嫌がる)

・人の声のトーンや大きさや表情の違いを敏感に察知する(親の言葉一つ一つに反応し、顔色を伺う)

・教室に入れない(不登校になる)

・人の中に長くいられない(非常に疲れやすい)



それらは、人とのトラブルにもなりがちだし、わがままとか親の育て方が悪いとかの誤解を生みかねない。



さらに、メンタルの繊細さも親の想像の域を超えている。



ネガティブ思考やゼロヒャク思考や思い込みの激しさも相まって



ささいなことにも傷つきやすく、落ち込みやすい。



そんな息子を理解しようとしつつも、もっと強くたくましく生きてほしいと心のどこかでは思っていた。



弱さは克服するもの、鍛えて強くするものといったイメージが昭和育ちの私には染み付いていた。



でも、うすうす自覚できていたことなのだが、自分も繊細でメンタル弱々の人間なのだ。



私は、人の反応に傷ついたりザワザワする自分がずっと嫌で、ダメな人間だと思っていた。



そんな気持ちを押し込めて、心の中では泣きそうになりながらも何でもないふりをしてきた。



実家の母などは、私のことを気の強いしっかり者だとずっと思っていたようだ。



それだけ、親の前でも弱い部分を見せてこなかったのかもしれない。



今でも時々起きるフラッシュバックは、仕事をしていた頃のことが多い。



かなりのストレスを抱えていたのだろう。



息子の弱さを否定してきたことは、自分の弱さを否定してきたことでもある。





ある時、「私、メンタルが豆腐なんです」と言った人がいて、『あ、私もだ!』と素直に思えた。



『そうだ、私はメンタルが弱くて傷つきやすい人間なんだ!』と、はっきり自覚した。



自分の弱さを認められたら、息子のことも受け入れられた気がした。



息子の弱さは、私の中の弱さでもある。



自分の弱さを認めることは、あんがい、強さなのかもしれない。



メンタルが豆腐でもいいじゃない。



繊細で過敏なことは、細かなことや人の気持ちに気づき、気配りができることでもある。



また、感性が豊かだとも言える。



これからは、メンタル弱い自分と仲良くしていけたらいいなぁ照れ