夫がまだ現役の頃は、「退職したらクルーズで世界一周したいね」などと夢を語っていた🚢


けれども現実は、夫が脳出血で倒れ、老後資金のこともあり、息子の経済的自立も見通せない中で


実現は限りなく困難になってしまったように思っている💦


何かの話の流れで私は、「元気なうちにやりたいことやりたい!」と夫と息子の前で言っていた。


国内の山を巡りたいと思っていたが、熊の出没で諦めたしショボーン


夫との旅行も車椅子やトイレの問題があり、なんだか大変そうだしショボーン


これは、ひとり旅しかないなと思っていたら


夫が、「船(クルージング)なら車椅子でも大丈夫だよ」と言うではないか。


「そうだよね。でも、〇〇くん(息子)がしばらく1人になるよね。事故でもあったら〇〇くんが天涯孤独になっちゃう。大丈夫?」と息子にきいてみると


「なんとかなると思う」と言うではないかびっくりびっくりマーク


数年間まで、1人で留守番も夜道を歩く事もできなかったのに、、、


「20歳になったら僕は死ぬから」「父さんと母さんがいなくなったら僕も死ぬ」と言っていたのに、、、


きっと、子どもの頃は世の中が不安だらけで、大人になるのが怖かったんだよね悲しい


親との共依存も強かったんだよね悲しい


いつのまにか親亡き後、1人でも生きていく覚悟のようなものができている。


息子のこの変化はなんなんだろう?


本人の成長もあると思うんだけど


私の意識の変化も大きいんじゃないかと思っている。


このブログ、いつになくアクセス数が多かったのよね😳


私が岡山天音さんのお母さんの「どうなっても大丈夫」という言葉に激しく共感できたのは、自分の意識がそちらへシフトしつつあるからだと思う。


もちろん、不安や心配はゼロにはならない。


時々グラングランと揺らぐ時もある。


でも、息子はなんとか生きていくんじゃないかという漠然とした想いも持てるようになった。


その私の意識は、きっと息子にも伝わっているのだろう。


親の強い不安や心配は、子どものエネルギーを奪い、動けなくしてしまう。


親子って言葉ではなくて、意識が伝わるからほんとに不思議だ。





人は、楽観主義だけでもなく、悲観主義だけでもなく、どちらも持ち合わせている。


いろんな想いが入り混じっていて、生きていくためにはどちらも必要なのだ。


息子が「なんとかなる」と言ってくれるのだから、私はもっと自由に動いていけると嬉しくなった照れ