車を運転していたら、警告灯が点灯した。



しかも同時に4つもびっくりびっくりびっくり



何か異常事態なのだと、メカに弱い私でもわかる。



アワアワしながら運転して目的地に着くと、取扱書を見てみる。



『(4つのうち)2つが同時に点灯すると、速やかにディラーに連絡してください』とある。



あわてて連絡を取ると、緊急のことではないみたいで、翌々日にディーラーでみてもらった。



どうやらブレーキの制御システムが壊れかけているらしく、修理するのに8万くらいかかるそうだ💦



半年後には、車検もある。



しかも13年目の車だ。



整備士さんからは、「これからあちこち壊れてくるだろうから、その度にお金をかけるくらいなら買い換えをお勧めします」と言われた。



そうなのよね、、、年数も経っているし、そろそろ次をとは考えていた。



でも、全然故障もしなかったし愛着もあるので、なかなか思い切れなかったのだ。



完全に動かなくなるとか事故とか、何か大きな出来事がないと、自分から変えるって難しい。



人間の脳は、本質的に変化を嫌うそうだ。



今回のことでやっと諦めがつき、買い換えることにした照れ





不登校も似たようなものかもしれない。



子どもが行き渋っている段階で「休みなさい」という親はほとんどいないだろう。



なだめすかしながら、なんとか学校に行かせようとする。



子どもは、無理に無理が重なって限界が来て動けなくなってしまう。



親はその時、まるで青天のへきれきのように慌てふためいて、嘆き悲しむ。



ある意味、強制終了で、いったん停止なのだ。



でも、この強制終了は悪いものではない。



休息は、疲弊した子どもにとっては必要なことだし



不登校という形で、たくさんのことを親に気づかせてくれる。



自分の子育てや親子関係


自分の考え方や捉え方や価値観


自分の親との関係


自分の在り方、生き方



ベクトルを自分に向けて自分と向き合うことで、自分の中に変化が起こってくる。



強制終了は、変化のきっかけをくれる。



息子が先日、「自分は周りの期待に応えるために無理をしてきたことに気づいたんだ。だから、もう人の期待に応えるために生きるのはやめようと決めたと話してくれた。



息子は若いうちにそう気づけたことで、これからの彼の人生を自分軸で心豊かに生きてくれると思えた。






一見マイナスに見えることも、良い方向へ向かう、幸せになれるチャンスと捉えると、起こったこと全てに意味がある。



親が子どもの不登校をこれからの人生にどう生かしていくのか、自分にとって幸せな生き方を選べるのか



全ては自分次第なのだ。



不登校がなければ、今の自分にはなれていなかった。



親がまず幸せで楽になれたら、息子もきっと幸せで楽になると思うニコニコ