「生きていてもしかたない」

「人が怖い」

「誰とも関わりたくない」



子どもにそんなことを言われて、平気な親はいないだろうと思うけど



2、3年前まで、息子の発する言葉に私はひどく心を痛めていた。



聞くたびに胸がえぐられるように辛く、全身の力が抜けて膝から崩れ落ちそうだった。



この子はずっとこのままなのだろうかという自分の中の絶望感に耐えきれなかった。

(今なら自分の気持ちに自分で寄り添えるけどね🙂)



当時、私がなんと答えていたのかよく思い出せないけど、適当にごまかしてうまく対応はできていなかったと思う。

(今なら傾聴、共感が少しはできそうだけどね😁)





そういえば、息子はいつの間にかネガティブなことを言わなくなった。



「人が信じられない」と言ってひきこもっていた息子が、今は人と関わっているびっくり



ある日突然、そうなったわけではない。



息子の場合、少しずつ行動範囲が広がっていった。



近所の散歩→図書館に行く→自転車で買い物→自転車で遠出→電車で遠出→電車で泊まりがけの1人旅(その間、畑作りもしていた)



夜間の外出を怖がっていた息子だったが、泊まりがけの旅行をしたことで夜も出歩けるようになった。



目的地に着くのが夜になるためだ。



また、仕事をしようとアルバイトの面接を受けたり、相談機関や支援機関を利用したりした。



けっきょく、就労には至らなかったけれど



個別の面接には、だいぶ慣れてきたようだ。



コミュニケーションが苦手で、はじめの頃はうまく喋れなくて受け答えができなかったのに



だんだんと自分の思いを伝えられるようになってきた。



仕事をしたいと思ってもなかなか思うようにいかない息子のことをかわいそうにも思ったが



結果ではなく、トライしたことを認めて褒めることを繰り返すことくらいしか私にはできなかった。



その中で出会った1人の相談員の先生とは、かなり話ができるようになったようだ。



男性で、面倒見のよい元教員の方だった。



上から目線ではなく、息子のことを認め、受け入れようとしてくれた。



父親と年代が近いので、話しやすかったのかもしれない。



電話でのやり取りも苦手だったのに、予約やキャンセルの連絡も自分でやるようになった。



その話術はかなりスキルアップしている照れ



進路を変更して、その相談機関をひとまず終わりにすることになった時



電話で済ますこともできるのに、息子はわざわざ出向いて行ってその先生に挨拶をしてきた。



息子にそんな律儀な面があるんだと驚いたびっくり



怖がっていたzoomもできるようになった。



そんなすべての経験が、次のステップに活きると感じている。



つまずきながらの一歩一歩でも、それが未来に繋がっていく。



人が当たり前にできることが、時間はかかっても遠回りしてもいいじゃない。



人生に無駄なことなどないのだから。



まだまだ回復途中だが、あの(何回かあった)どん底の頃のことを思えば



私は息子のどんなささやかなことでも喜べるニコニコ