今年は、梅シロップ、梅干し、梅ジャムと、梅仕事に励んだ。



ブログなどにそのことを書くと、「ていねいな暮らしをされていますね」という反応があるが



自分としては、そんなふうには思っていない。



なぜなら、自分は母のやっていたことの足元にも及ばないからだ。



田舎育ちで、専業主婦だった母は、たいていの物は手作りしていた。



梅干し、らっきょう漬け、ジャム、紫蘇ジュース、味噌、奈良漬け、お新香、ぬか漬け、白菜漬け、キムチなどの保存食



季節毎におはぎやよもぎ餅やちらし寿司を作っては、近所に配り歩いていた。



ハブ草やドクダミを乾燥させてお茶にしたり、ドクダミ化粧水まで作っていた。



また、洋裁と和裁だけでなく刺繍、編み物、人形作りなどの手芸もプロ並みだった。



私の服はほとんど母の手作りだったが、当時はたいしてありがたみもなく、既製品の方がシャレてていいなぁくらいに思っていた。



古い服や余り布があると、それを使ってちょっとしたカバーや小物を作っていた。



お花やお茶も習っていて、玄関と床の間にはいつも花が飾られていて、小さな野の花もかわいい花瓶に生けて窓際に置かれていた。



子どもの頃の私は、舅と姑の顔色ばかり伺って、自由に外出もできず、いつも我慢をしていた母の印象が強かった。



とても幸せには見えなくて、「私はお母さんのようにはならないから!」と生意気なことを言っていたショボーン



けれども、私も歳を重ねてくると、不自由な中でも母は母なりに生活を楽しんでいたのではないかと思えてきた。



友達と一緒に料理や手芸を楽しんでいた。



晩年は太極拳をしたり、出かけることも増えていた。



数年前に倒れるまでは、畑を耕してたくさんの野菜を育てていて



それを使って嬉々として料理をしていた。



ある意味、とても贅沢で豊かなことではないかと思う。



現代は働く女性も多くなり、時間的にも心の面でもゆとりが持ちにくくなっている。



その中で自分らしいていねいな暮らしをするには、先人の生活にヒントがあるのではないだろうか。



今の私は、薬膳料理や発酵食品にも興味がある。



野菜も少し育てている。



あんなふうになりたくないと言っていた母のしていたことをいつのまにか見様見真似でやっている自分がいる照れ



大ざっぱな私に母はいつも「心を込めてやりなさい」と言っていた。



心を込めて目の前の一つ一つのことに取り組むには、よゆうがないとなかなかできない。



数年前までは息子のことで頭がいっぱいで、自分の体や心のことなんて考えるゆとりもなかった。



あの頃のままではなく、今の自分は少しゆとりが持てるようになり



暮らしを楽しもうと思えるようになったことがとても嬉しいニコニコ




梅1キロからできたのは、たった一瓶の梅ジャム😆味はとっても美味〜🤩