不登校、ひきこもりからの回復というと
私は「学校に行く」「働く」ということを自分の中で設定していた。
それも無意識に当然のこととしてだ。
人は、自分の経験したことや育ってきた環境を基準に考えてしまうので、致し方ないことではある。
「子どもは学校に行くのが当たり前」、「大人になったら働くのが当たり前」という社会で生きてきたら
不登校、ひきこもりから脱出してそこを目指すことを自動設定してしまうのだろう。
この設定で子どもを見ると、現実と理想とのギャップ、差が目につく。
なんとか、設定した所にまで子どもを引き上げようとする。
目標に直接繋がることならよしとし、そうでないものは否定してしまう。
子どものペースではなく、世間のスケジュールに合わせようと焦る。
親が崖の上に立って、谷底にいる子どもを必死に引っ張り上げようとするイメージだ。
マイナスの意識
このままではダメだ
何とかしなければ
あれやこれや学ぶうちに、それが本当の回復なのだろうかと疑問を感じるようになった。
自立に向かう本人主体の回復はどうあればよいのか。
私がイメージするのは、下からの積み上げだ。
目の前の子どもの小さな変化、成長、進歩を認めていく。
大きな一歩ではなく、小さな小さな一歩を積み重ねていく。
その積み上げが、気がつくといつのまにか大きな前進になっている。
プラスの意識
この子なりに成長している
生きていく力を持っている
どんなあなたでも愛している

崖を登った先は、親の想定したものとは異なっていても
子どもは、自分の足で歩いて行く力がついている。
自分の世界を見つけている。
親は、子どもが自分の力で登っていけたと思えるようにサポート、見守りができるといい。
それにはまず、親の心が整い、ゆとりを持つことが大切だ。
すると、こうあるべきという設定がだんだんと緩んでくる。
無くなりはしなくても、固く握りしめたものを軽くしていくと
幸福度もアップしてくる。
だから、私は自分の心を整えることにこれからも取り組んでいきたい![]()
