近くの病院の待合室で座っていたら、隣にいた私より少し高齢の女性2人のおしゃべりが聞こえてきた。
「もう、畑仕事がしんどくなってね、、、」
「孫がいないから、周りの人と話がぜんぜん合わなくてつまんない、、、」
どうやら、片方は孫がいなくて、もう一人は離れて暮らしているらしい。
田舎なので、3世代で暮らして祖父母が孫の世話をしている家が多い。
同年代が集まるともっぱら孫の話題になるということのようだ。
私の住む地域は、『普通』とか『べきねば』の縛りが都会よりもきつく、少数派は生きづらい環境だ。
私は高齢出産だったため、年齢のわりに子どもが若い。
すでに孫がいてもおかしくない年だ。
ましてや子どもが不登校、ひきこもりなこともあり、お付き合いするお母さん達は、自分よりかなり若い。
同年代は、孫の一人や二人いる人がほとんどだろう。
きっと、そういう人達の話題は孫のことなんだろうなぁ。
息子はたぶん結婚もしないだろうから、私とは無縁な世界だ。
それならそれで、別の楽しみや仲間を見つけて過ごせばいいと思っている。
死ぬまで学ぶこともできる。
ないこと、できてないことにフォーカスしても幸福感は得られない。
学校に行くのが当たり前
仕事をするのが当たり前
結婚するのが当たり前
子どもがいるのが当たり前
孫がいるのが当たり前
世間が作り上げてきた「当たり前」は幻想であるということ
みんなと同じでなくてもよいということを
息子は気づかせてくれた。
新しい出会いと新しい世界をもたらしてくれた。
もし、息子が定型で何事もなく育っていたら
当たり前=幸せと私は考えて、息子にもそれを要求(強要)していただろう。
そういう面では、息子の人生を縛ることなく自由にさせたいと思えるようになってよかった。
長年の友人には、結婚しても子どもができなかったり、独身で仕事をやり抜くなど、いろいろな人生がある。
それぞれに幸せがあり、それぞれの生き方があっていい。
自分の人生は、自分で幸せにしていく![]()
少子化は悩ましく、社会全体の課題だけれどね![]()
