明け方に夢を見た。



桜桜桜桜桜



お母さんと息子さんが抱き合って別れを惜しんでいた。


どうやら、進学で遠くへ旅立つ息子さんの見送りらしい。


よく見ると、その若者は私の教え子だった。


優秀でリーダーシップの取れる子だったので、どこかの有名大学に合格したのだろう。


思わず、そばに行って声をかけようかと思ったが、踏みとどまった。


「おたくの息子さんはどうされてるんですか?」とそのお母さんから聞かれたら答えようがないからだ。


いや、答えたくないのかもしれない。


そのうち人が集まってきて、みんなで写真を撮っていた。


私は遠くからそれを眺めていた。


一言、「おめでとう」と言ってあげたかったと心の中で後悔しながら、、、



桜桜桜桜桜



そこで目が覚めたキョロキョロビックリマーク



いやぁ、自分の心の奥を覗き見たようでびっくりした💦



春の進学シーズンで、合格や旅立ちの話を見聞きすることが多い。



そんな経験ができなかった私は、うらやましくてしょうがないのだ、、、



悔しくて悲しくてみじめなのだ、、、



そんなふうに感じる自分が嫌で、蓋をして見ないふりをしていたのかもしれない。



うちの息子だって能力はあるのに!



不登校にならなければ、もっとよい環境にいられれば、大学に行けたかもしれない、、、と思うこともあった。



私はずっと、息子が大学に行くことをイメージしていたというか、当然行くだろうと思っていた。



実際は、たとえ入学しても通うことは難しく、集団での話し合いにも参加できず、続けることは困難だっただろう。



私の願いの押し付けは息子の負担にもなるし、そもそも本人にその気がない。



なので、その執着は(とっくに)手放したと思っていた。



けれども、私の意識の奥の『大学に行ってほしい(ほしかった)』という願望はまだ潜んでいたのだ。



たぶん、これからも何かのきっかけでそれが顔を出し、疼くかもしれない。



その度に見ないことにするのではなく、やさしくゆっくりと向き合うことで



少しずつそれが薄らいでいき、安らかに成仏してくれたらと思うお願い



これを『癒し』とも言う。



子どもの頃から長い間かけて染み付いた価値観というか思い込みは



心の奥底に残り火のように消えずに残っていてくすぶっている。



今回夢を見たことで、改めて実感した。





目の前の息子は、紆余曲折しながらもつまずきながらも自分の道を模索し進んでいこうとしている。



私は今の息子をしっかり見ていこうニコニコ




いつか旅立つ日がくるのかな、、、