心のことを学んでいくと



人との関わり方や境界線の引き方の自分のパターンが



幼い頃の家族関係や親子関係から来ていることが分かってくる。





全く記憶にないのだけれど、以前に母が2つか3つの頃の私のことを話してくれたことがある。



その頃一緒に暮らしていた祖父は、気難しくて感情の起伏の激しい人だった。



いつ怒鳴られるのかと、母は常にビクビクして暮らしていたそうだ。



何があったのかは分からないけれど、ある時、祖父が祖母に対して理不尽な言動をしたのだと思う。



小さな私は、畑にいる祖父の所に1人で行って、「おばあさんがかわいそう!」と訴えたらしい。



祖父は私の行動に驚いて、「孫にはかなわない」と苦笑いしていたそうだ。



おそらく正義感の強かった私は、祖父の言動が許せなかったのだと思う。



一方的に責められた祖母がかわいそうでしかたなかったのだろう。



小さくてもしっかり家族関係を見ていて、純粋な気持ちから何とかしようとしていた自分が



今はいじらしく、愛おしく思えてくる。








母は、家の中で祖父母や父から大切に扱われていたとは言えない存在だった。



自己犠牲と我慢で成り立っているような



昔の家の『嫁』に対する扱いは、子ども心に母がかわいそうに思えてしょうがなかった。



私は母から、しょっちゅう祖父母や父の悪口を聞かされていたので



『祖父母や父は、母にひどいことをする人』という構図が、私の中にできてしまった。



そして、体の弱い母を自分が守らなければ、助けてあげなければという思いがとても強かった。



人より優秀であることにもこだわっていた。



私はしっかり者の頑張りやさんだった。



周りに存在価値を認めてもらいたいという承認欲求が強かったのかもしれない。





その思考のクセは、大人になってもついて回り、いろんな場面で自動的に反応してしまう。



何でも自分で完結してしまって人に頼るのが苦手、、、


人に対して『私にできることは何だろう』『私が何とかしてあげなければ』と思ってしまう、、、


人から褒められても素直に受け入れられない、、、


自分だけ目立ちたくない、、、


人から拒否されるのが怖いので自分からは誘いにくい、、、


課題に対してそこまで求められてないのに限界まで頑張ってしまう、、、



などなど💦(まだあるかも)



それが息子に対しても発動してしまいがちだ。





子どもの頃に身につけた、家族の中で生きていくため、自分を守るためのパターンは



大人になった今はもう必要ではなくなっている。



そのことに気づくと、自分の『べき、ねば』を緩めていくことができる。



講師の方の


「争っている人、悲しんでいる人をどうにかしてあげたい。小さな子どものとまどいや悲しみや役割があった。(子どもの自分が)大人のケアをしようとしていた。そこまでやらなくていい。子どもの自分の肩の荷を下ろす」


という言葉が、まるで自分のことのようで心に染みてきて涙が出そうになる。悲しい



どの人にもあるであろう思考のクセ(認知)



それに気づき、その理由を知るだけでも生きやすくなると思う。



まだまだ自分が小さい頃から背負っているものがあるかもしれない。



ひとつひとつ下ろして、癒してあげたい。



自分を知るということは、奥深いものだ。おねがい