息子が生まれた時看板持ち



健康であることと、人とたくさん繋がって人の中で幸せに生きていくことを心から願った。



けれども、息子の発達特性も関係して



息子はひきこもり、「人が怖い、人が嫌い」と言うようになった。



幼い頃からコミュニケーションがうまくいかなかったことの傷つき体験が



積み重なってのことだと思う。



自分が傷つかないように、自分の心を守るために



人に対して心を閉ざしてしまった。



私が願っていたことの真逆になってしまったことが、なによりも悲しかった。えーんえーんえーん



せめて、親子間だけでも心を通わせてコミュニケーションが取れるようになりたいと



対話を積み重ねている。



でも、社会に一歩踏み出そうとした時に



息子のコミュニケーションの課題が露呈してしまった。



私には、そこを何とかしてやりたいという気持ちがあった。



私にできることは何だろうと考えた。



まずは、親子の信頼関係を作っていこう

傾聴して息子の話をしっかり聴いていこう

発達特性があるので、専門家に支援してもらいたい

メンタルクリニックにはそこまで期待できない

カウンセリングがよいのだろうか?

そもそも人と話すのを嫌がるので、それは無理

だから、まずは身近な親がなんとかしたい

(上に戻る)



そんなことがグルグルと頭の中で回っていた。



心理学を学ぶ講座で、「私にできることは何でしょう?」と質問してみた。



講師の方から



「自分の中に何が起こっていると思いますか?」



と聞かれた。



そこには、息子の将来への不安と、今のままでは困るという息子への否定があった。



「心配は自然なことだけど、息子さんの人生は息子さんのもの

どういう状態で過ごすのかは、その人が選ぶ。

もっと働きかけたいという自分の中に、何が起こっているか自分に視点を向ける。

自分が満ちた後に不安をケアして、その後(息子に)どんなサポートがしたくなるか考える。」


そんなアドバイスをいただいた。





ありのままでいい

存在するだけで価値がある



などと言いながらも



息子に変わってほしいという私もいる。



親としての愛情から、子どもの幸せを願う気持ちからでもある。



困っている人を目の前にすると、「自分にできることは何か?」とすぐに反応してしまう私の思考癖はどこから来ているのだろうか?



おそらく、幼少期の母との関係からだと思う。



いつも辛そうな母を見ていて、なんとか助けたい、守りたいという小さな子どもの自分がいた。



身に付けた反応のパターンは、もう今は必要のないものなのだから、自分自身を労って手放してもよいのだ。





あ〜また、境界線を踏み越えて、息子をコントロールしようしていたショボーン💦



まずは、そこに気づけてよかった。



その上で、息子の傷を癒すにはどんなサポートができるのかを考えたい。



また、パターン、トラウマの渦が起きることに気づいて



癒しの渦(できているもの、今あるもの)に変えていくということも学んだ。



それには、反復練習が必要なのだそうだ。





まだまだ葛藤しながらも自分を見つめていきたい。