私の母は戦前生まれなので、モロ古い価値観の持ち主だ。



特に、女性はこうあるべきというのが強い。



女は男の人を立てて逆らわない。

女は出しゃばってはいけない。

女は結婚して子どもを生んでこそ幸せである。

女は家族のために我慢する。

女が料理をする。



母の育ってきた家庭や社会がそういう価値観だったので、母が悪いわけではない。



周りから求められる女性像であるよう、母なりに頑張ってきたのだ。



でも、学校や社会では、女だから男だからという価値観がどんどん変化していく中で



私は、母の求める女性の生き方と、現実社会のズレにモヤモヤしていた。



息子が不登校になって、いろいろと学び



価値観というのは、その時代や社会情勢によって変わっていくもので



普遍的、絶対的なものばかりではないと知った。



母は私が結婚して家庭に入ることを強く望み、結婚後は子どもを生むことを期待されていた。



それは、我が子の幸せを願ってのことだったのだろうが、私は釈然としなかった。



かと言って、自分の生き方に信念のようなものがあるわけでもなかったので



なんとなく流されて来たように感じる。





母の求める女性像は、知らず知らずのうちに私の中に刷り込まれている。



現在、夫には対等(以上😁)に物が言えるし、自己犠牲もやり過ぎはよくないと自覚している。



今も根強く残っていると感じるのは、料理に関することだ。



母は料理が得意で、何でも手作りする人だったので



インスタント食品や出来合いのお惣菜は、目の敵のようにしていた。



「あんな買ってきた物、どこが美味しいのか」

「添加物が入っている物は体に悪いから食べるべきではない」

「自分で作ったものが一番美味しい」



そんな言葉を毎日毎日呪文のように聞かされていたら、私の価値観もそうなってしまい



今でもなるべく手作りを心がけてはいる。



夫が病に倒れてからは、よけいに食事のバランスに気をつけるようになった。



それはそれで、自分の体の為にも家族の為にも良いことだとは思う。



ただ、私が長時間外出する際に家族の食事が気になってしまう。



何かしら食べられる物を準備しておかないと罪悪感を感じでしまい、自分の気がすまない。



出かけるまでに昼のおかずや汁物を作っておこうとすると、とても忙しいのだが



インスタントや冷凍食品だけに頼るのは、母の顔がチラついて『こんなことしたらお母さん怒るよね』と、つい気が引けるのだ。



先日、出かける前に汁物を作ろうとしていたら



夫が「軽く出かけたらいいよ」と言ってくれた。



頑張らなくてもよいのだと、少し気が楽になった。



夫は元々家事ができる人で、以前は何も気にせずに私は出かけられていたのだが



今は体が不自由になり、息子も気分のムラがあるため、夫1人では困るのではないかと心配してしまう。



でも、時には『なんとかなるさ』と気にせずに出かけることもあっていいのだと改めて思った。





母の呪縛から解き放たれて、私は軽やかになりたい。



責任感というか、いろいろな『べきねば』を少しずつ手放していきたい。



自分の価値観は変えていける。