小学校低学年の不登校が増加し、その保護者の方達と話すことがあります。
すると、不登校対応について、まるでマニュアル本に載っているような答えが返ってくることがあるんです。
学校は無理に行かさなくてもいいんです
家を安心な場所にして
子どもを信じて待ちます
す、すごい。。。![]()
お子さんが不登校になって短期間で、そこまでの心境に至ったのかと驚きます。
私はそう思えるまでに何年間もかかったし、いまだにグラグラと揺らぐこともあるからです。
息子が小学生の頃は、まだまだ情報が少なく、自分の手でそれを集めるのが大変でした。
今は情報が溢れていて、簡単に手に入ります。
それが悪いと言うのではありません。
今の親の世代は、効率よく正解が出せるような教育を学校で受けてきたのですから。
でも、お母さん達は一方で
勉強の習慣はつけてほしい
ゲームばかりしている
フリースクールに行こうとしない
などと悩みが尽きず、子どもに対してモヤモヤ、イライラするし、辛い気持ちは消えないのだと思います。
頭でわかっていることに心がついていけなくて、腑に落ちていないのです。
それが苦しいから親の会等に参加しているのでしょう。
そういう私も
生きてさえいれば
ありのままの息子を受け入れよう
と頭ではわかっていても
将来どうなるのだろう
学校に行ってほしい
社会と繋がってほしい
経済的に自立してほしい
という不安や願いをずっと持ち続けてきました。
それを子どもに押し付けてはいけないと言われると
心の奥に封じ込めようとしたり、無理に消そうとしたりしました。
でも、入学式や卒業式、共通一次テスト、成人式といった節目のニュースや
友達のお子さんのリア充なキャンパスライフの話を聞いたりすると
それをきっかけに、抑え込んでいた思いがまた頭をもたげてくるのです。
悲しみ、悔しさ、恐れ、不安、嫉妬。。。
ネガティブな感情が湧き上がってきて、苦しくなります。
以前、カウンセリングを受けた時に
「自分で納得した、考えを変えたと思っても、また何度もお腹の底から(元の思いや感情が)ぐわーっと湧き上がってきますよ」
とカウンセラーさんに言われたことがあります。
たしかにその通りで
長年染みついた考え方のクセや価値観というものは魔法みたいに簡単に変えられるものではありません。
変えるには、ゆっくりと熟成発酵させるように時間がかかります。
自分の中では成仏したと思っているのに、ひょっこりと顔を出した時には
あら、まだいたんだね
また暴れてるね
しょうがないねぇ
くらいの感じで自分の中の感情をなだめて寄り添ってあげます。
そして、なぜ自分がそう思うのか。
なぜ、そこにこだわってしまうのか
その都度、考えてみます。
その地道な作業の繰り返しです。
感情の奥にある思い込みや価値観は、社会や学校や家庭で刷り込まれてきたもので、絶対的でも普遍的でもありません。
時代によっても変わりゆくものなので、それにしがみつくことはないと気がつきました。
いろんな感情や思いを無理に抑え込むのではなく、上手に共存できたらと、最近は思えるようになってきました。
自分の一部なのです。
そう思えば、だんだんと小さくおとなしくなってきてくれてます。
自分の中のネガティブな感情達を無いものとせず、仲よくしていくことが生きやすくなることなのかもしれない。
そんなことを思ってます![]()