上から目線ではなく

下から目線で行こう



これ、私の思いついた言葉ですゲラゲラ



息子の嫌がる『支援臭』も上から目線です。



自分が上に立って、支援してあげているから



あなたもここまで上がっておいでというのは



対等な人間として認められていないと感じる人もいるでしょう。



高齢者や認知症の人を赤ちゃん扱いするのも同じことです。



人の尊厳に関わります。



親の場合は、一人では何もできない赤ちゃんの段階から



生きること全てを支えてやらなければなりません。



でも思春期となり、自我が目覚める頃には



子どもは、親の干渉を嫌がるようになります。



一人の人間として尊重されることが大切で



縦の関係から横の関係に移行していきます。






不登校、ひきこもりの場合、出口というかゴールを



復学、就労に設定しがちです。



それは、世間や親が勝手に作ったイメージですが



そこに到達するために、我が子の足りない部分が目につき



逆算して考えがちです。



昼夜逆転している


生活リズムが整ってない


学習習慣が身についていない


体力がない



足りない部分、できていない部分を見ることは、子どもへの否定的なメッセージにもなります。



そこで、思いついたのが下から目線です。



どん底の時と、1年前と、1ヶ月前と比べて、どんな変化が見られるのか



小さなことでもいいのです。



(内面の変化も含め)できていること、できるようになったことの積み重ねが未来に繫がります。



親のあたたかなまなざしが、子どもの心を元気にしていきます。






とはいえ、私も息子の言動に傷つき、振り回され、凹むことの連続です。



そんなマイナス感情もしっかり感じてあげたら



また、自分の立ち位置、在り方に戻ってこられる。



そういう自分でありたいです。



親として、不登校、ひきこもりの出口にどんなイメージを持っているのか



どんな設定をしているのか。



そして、そこにとらわれ過ぎていないか。



考えてみるのも大事だと思います。