「ウワサの保護者会」に続いて、オンラインで西野博之さんのお話を聴けた。 



長年、生きづらさを抱えた子ども達に向き合い、居場所作りをされてきた西野さんの言葉は重い。



子どもの「いのち」を真ん中にすえた

安心して過ごせる「居場所」を作ろう(とされた)

何もしないことの保障

弱さがさらけ出せる

ムダ話ができる仲間

指導や支援臭から若者は遠ざかる


一人の人間として向き合う時は、上から目線の指導も支援もいらない。


存在そのものを受け入れるだけでいいのだと改めて思った。




たかが「学校」

それで子どもは命を落とす。


されど「学校」

「学校に行けなかったら将来生きていけない」という民意があるから変わらない。


私は、現在の学校制度が変わらない限り、不登校は無くならないとずっと思っていた。


だから、そこに政府や文科省が踏み込まないことに腹をたてていた。


でも、民意がそうさせないのだと知り、衝撃だった。


みんなの意識を地道にを変えていくことしかないのだろうか。




初めて聞いた印象的な言葉があった。


直線的社会曲線的社会だ。


競争社会は、正確に、早く、前よりも成長を求める

直線的な社会

下矢印

普通、正しさ、強さが

下矢印

人を追いつめる

下矢印

「弱さ」を抱えた人の存在が気づきをもたらし、人と人を繋ぐ

曲線的な社会

誰ひとり取り残さない

「弱さ」で繋がる社会へ



過度な競争社会は、曲線的な社会に変わっていくのだろうか。





私は時々、息子が江戸時代に産まれていたら、もっと生きやすかっただろうかと妄想する🤔



寺子屋みたいな所なら行けたかもしれない。



息子は、手先が器用なので



かご職人にでもなって、黙々とかごを作る。



おかみさんが、客の相手をしてかごを売ったり、注文を受けたりする。



お百姓さんもいいかもしれない。



一人で畑仕事ができるからね。



ちょっと変わり者と思われても、親戚や地域の中でなんとか暮らしていけたかもしれな

い。。。



でも、生きるだけで精一杯の時代だから難しいか

なぁ。。。



なんて、想像して楽しんでいる。



もちろん、息子の思いは全然違うけどね😝笑




現代は、コミュニケーション能力を問われる仕事が多く



効率と成果が求められる。



社会にも学校にもゆとりがない。



適応できない人は排除される。



だから、生きづらさを感じる人がどんどん増えていく。



無駄やゆとりって大事なのにね。



これからは、曲線的でおおらかで優しい社会が求められてるのかもしれない。



そういう社会が、みんなが生きやすい社会だと思う照れ