キャンドルみたいな花



私はあちこちの親の会に参加してました。 



まるで、ドクターショッピングみたいにニヤニヤ



数えてみると8つかなポーン



自分でもビックリ!


全部、同時期に重複していたわけではありません。





なんでそんなにあちこち行っていたかというと



親の会は、だいたい月イチしかないので、自分の気持ちを吐き出せる場所が複数欲しかったからです。




毎週どこかに行って、子育ての辛さ、難しさを聞いてもらっていました。




吐き出したその時は、少し楽になりますゲロー



けれど、家に帰って息子に向き合えばまた同じ繰り返しでした。



吐き出しても吐き出しても腹の底から辛い気持ちが湧き上がってくるのですもやもや


息子も大きくなり、今は聴く立場になりつつあります。

順送りですね。




息子が高校を辞めたいと言った時も、苦しみから抜け出せないでいました。



その頃、苦しさ辛さはどこから来るのか考えるようになりました。



やっと自分に向き合い始めました。



それは、世間や学校、家庭で身に付けた私の価値観から来ていました。



その価値観に自分や息子を合わせようと「こうあるべき」と、私は一生懸命やってきたのです。




私にとって「学校に無理に行かなくてもよい」という考えは、ある意味、自分のしてきた仕事や子育てを否定されるようなものでした。



だから、なかなか受け入れられなかったのです。



生みの苦しみのような辛さがありました滝汗アセアセ



それは過去の自分を否定するというよりも、成長なのだと今は思えます。




その時々で、自分なりに頑張ってきたんだと過去の自分を受け入れられるようになりました。




人は死ぬまで成長し続けます






もし、息子のことがなかったら、以前の私のままで成長はなかったかもしれません。




私は

今の自分の方が好きです照れ義理チョコ