初詣・「生田神社」 (2026年1月1日)
道路が混雑していなければ30分~40分で目的地に行けます。国道2号線を東へ、車の数は多いようだが走りはスムーズ。8時丁度に生田新道到着、参道周辺は車両通行止めなので

5分ほど歩きます。
参道は一方通行にしているのでスムーズに歩けます、若い人が多いですね。


立派な楼門です、上部のテラスでは夜中には太鼓が賑やかに叩かれたりします。


巫女さんの交代時間?単純な白と深紅な衣装が華やいで見えます。


本殿でお参りしました、それほどの混雑ではありませんでした。


バアサンがお守りを買ってます。去年結婚して東京に住んでる孫娘が妊娠して娘のところに帰っています、「安産」のお守りを買いました。


以前は「占い」の神を適当に結びつけていましたが、今年は専用の金網が設置されていました。


昔は境内に店舗を広げていた屋台も生田新道の南側、神戸サウナの前から東に続いています。

帰り道も混雑は無く素晴ら晴天で気持ちの良い元日でした

2056年明けましてお目出度うございます。

これから初詣に行って参ります、その後に追加でもう一度ご挨拶の予定です。

 

 

 改めて「お目出度うございます」
いつ見ても美しい「明石海峡大橋」ですね、我が家から歩いて10分もかからないのですが、最近は歩くのが苦手で散歩から遠ざかっています、今年は頑張って歩きましょう。


三宮の生田神社へジジババで初詣に行ってきました、例年よりは賑やかに感じました、特に若い人達が多いように見受けられました。政権も変わり女性の総理と財務大臣で今迄とは少々違うような(良い方に)国会の動きも感じられます。先の短い私達を放って置いて若い人達が希望の持てる「午年」になることを祈ってます。

                                    2025年に残った原稿(30日)
UPするつもりで写真は撮っておいたのだが、気持ちが乗らずそのままになっているのが1週間以上も有りますが」、そのうちに記述として残しておきたい物を3日分だけ31日にまとめて載せます。

12月18日。心臓ペースメーカー検査
7年前に埋設しました、1年に1回の検査と診察です、診察予定時間が午後3時、帰りがラッシュになるイヤな時間です。場所は「神戸市立医療センター中央市民病院」、「断らない救急病院」としても知られています。


1階のフロアーには今年もクリスマスツリーが据えられていました、12月のツリーは心臓の検査があるので、もう7年も見ているのですね。


2時半頃に行ったら待合室の椅子がイッパイでした、2階の一番奥が診察室の近くになります。ここで「ジッとガマンの子?」です、予定時間は頂いてますがそれより早くなることは、今までに有りません」。



メーカーのサービス員の検査を受けて担当医の判断を仰ぐことになるのですが、機械が壊れていなければ極く短い会話だけですみます、ただ支払いの時間を待たなければいけません。
機械には異常なし、バッテリーが持つのは5年は大丈夫と言ってましたが、85歳の私に5年後の補償をされても使って居る本体が先に駄目になることの方が順番のような気がしました。
帰る頃には待合室も静かになっています。


ポートライナーが減速して終点に近づきます、JR三宮駅南の工事はまだ地下を掘り下げています、上部の建設物が見える頃にポートライナーに乗れますかね~、頑張って早く作って下さい。



ラッシュ直前で押し合う様な電車の混雑ではありませんでした。

 「ミニミニクラス会」12月19日
前回より場所を変えています、今迄のハーバーランドは東から来る人間には少々面倒な場所で歩く距離もマアマアありました。
今回の場所は私は反対でした、聴力が衰えているので周囲の雑音があると殆ど会話が成り立ちません。
12時過ぎに行った店は阪急三宮の高架下で西側のほうです。「コウベアハウゼ」と言う名前?
今日は3名で予約無しで行きましたら、辛うじてテーブルが一つ開いてるだけでした。


私の飲むのは「黒ビール」、食べるものは任せました、歯が悪い私が口を挟むと面倒な事になりかねないのです。


周囲のテーブルは全部大学生風の若い男女だけ、85歳を過ぎたジジイ3人は完全に浮いた感じ、若い人達は元気で賑やか。



この場所を探して?連れてきたNは気の毒、大変気にしていたようです。我々3人は昭和36年(1961年)に国立富山商船高校・専攻科を卒業した同級生なんです、気にしていたNは神戸に縁のある大手の海運会社で機関長を務めて退職した模範生、私もKAも途中で陸上に職を求めた卒業生です。

12月26日 正月の酒を求めて。富久錦
私の息子か弟の接し方をしていた若い若い、I君が突然に亡くなってからは、足が遠のいてしまった富久錦の酒蔵。I君とは関係なく、別にいろいろな関心があった酒蔵だが今年の正月の酒は「下天の夢」にしたい。この酒蔵の酒は全て「純米酒」なんです。「下天の夢」最初の頃は毎年味が変化した戸惑いましたが、今はすっかり落ち着いていますね。

加西市との境のようなところにある卵の直売所で卵を買いました、矢張り値上がりしているようです。


20分余り北上して富久錦の酒蔵です、久し振りで煙突(化粧煙突)、入り口も変わりません。




写真を撮る適当な場所が亡く、齢80歳のバアサン胸?腹??に抱かれた「下天の夢」です。

いつもなら真っ直ぐ南進して加古川バイパスに向かうのですが事故情報も有りましたのでR175までは遠回りでも絶対に渋滞しない道路を走って帰宅しました。

皆様良いお年をお迎え下さい、明日の元日は例年のごとく生田神社に初詣に行く予定です。

                                 「眼注」・「加齢黄斑変性症」(12月2日)
今年最後の「眼注」です、右目の「加齢黄斑変性症」の治療のために2ヶ月毎に眼球に直接注射をして居ます。注射自体の痛みなどはたいしたことが無いのですが注射や検査で目薬による瞳孔拡散があり、とても車を運転できる視力ではありません、電車の時間表が読めなくなるくらいです、特に私の場合は左の眼が視力に出ないくらい見えないので歩くのさえ用心しなければなりません。
眼注の4日前から目薬の注射が必要です、眼注の終わった後も4日間1日に4回点眼する必要があります。


ポートライナーの駅から近いのが有難いです。


JR三宮駅南は現在大規模な工事中、私が生きている内に完成するのだろうか?



帰宅してもTVもPCも良く見えなく疲れるのでラジオが必要です。

                      25.12.29日・ 神戸花時計(12月12日)
暫く休んでしまいました、従来からの持病が悪化した訳では無く関係ありませんでしたが、私の「気持ち」や「想い」を「打ちのめす」ような出来事が続いたんです。世界中を飛び回って苦情処理などやってる頃には、少々のことでこれほど落ち込むことは無かったんですが、矢張り「加齢」がなせる現象なんでしょうか? 
今年はもうすぐ終わってしまいます、記事にはしなかったけど写真に撮っている分だけでもUPしようと頑張ります。順不動になるかも知れませんが最初は「神戸花時計」にします。

今月初めに植え替えられたようです、図案は来年の干支、「馬」だそうです、実物を見ても判断をし難い字体???


原図案


使用花名
ハボタン(赤)    1,000株
ハボタン(白)    1,500株
合計    2,500株

 誕生日・12月23日
上皇様が92歳の誕生日を、無事にお迎えになった。しかしカレンダーを見ると何も印が無く寂しく感じる、私見だが何か記念すべき日を作るわけには行かなかったのだろうか?
昭和時代には私も陛下にあやかって同じように休日を楽しむことが出来た、現在は1940年12月23日生まれの後期高齢者、医者や病院に行くのが仕事になってまったが、何とか85歳の誕生日を迎えることが出来た、ジジババ二人だけの静かな誕生日でした。

 「ウェスト・サイド物語」(23日)
「午前10時の映写会」の映画が代わりました、懐かしい懐かしい映画です。私が初めてこの映画を見たのは多分昭和38~39年頃の二等機関士で、日本冶金(株)の大江工場(宮津市)とニューカレドニア間でニッケル鉱石をピストン輸送している頃で、ニューカレドニアのヌーメアで日系の友人と一緒に見ました、しかしセリフは英語で字幕はフランス語なので、詳細は理解出来ませんでしたが、マリアが唄う「Tonight(トゥナイト)」が耳について離れませんでした。
以下はネットから拾った記事と写真です。
[[ニューヨーク・マンハッタンのスラム街を舞台にイタリア系のジェット団とプエルトリコ系のシャーク団の抗争と悲劇を描く。主演はナタリー・ウッド。61年度のアカデミー賞では作品賞、監督賞を含む10部門で受賞した。日本では1961年に初公開された後も幾度かリバイバル公開されており、2002年12月にはニュープリント・デジタルリマスターバージョンでリバイバル公開されている。]]










一時はナタリーウッドの大ファンになっていましたが、あの映画に出演していたときには子供を持っていたことを知り、清純なイメージが崩れ去りガッカリした記憶があります。国内でも何回か見た映画でしたが、今日はマリアの歌を聞いて帰ろうと気軽な気持ちで行きましたが、映写時間が長く(152分)途中で「休憩」もあり、最後の方は涙腺が緩くなる場面もあり昼抜きだったことも重なり大変疲れました。

なお「天国に一番近い島」を書いた小説家の故森村桂さんも同じ船でニューカレドニアに行き

帰りも同じ「玉龍丸」と言う船で宮津へ帰ってきました、小説では「サザンクロス号」と言う船名になっていたと思います。

             映画・「TOKYOタクシー」(22日)
神戸市内の映画館で上映されている映画を索引していたら、山田洋次監督、出演;倍賞千恵子、木村拓哉、蒼井優などの名前が出ている映画が有った。長い日数上映される「ウェスト・サイド物語」は後日に観ることにして先に「TOKYOタクシー」を観に行きました。
一般人の市井の生活を淡淡と描いた映画を想像(希望?)して行きましたが、想定とは違ったようです、上映が始まったばかりですから内容については書きませんが女性(オバサマ達)が多く私の両サイドも女性はこの映画館では初めての経験でした。

ネットからの引用です。
[[本作が91本目の監督作となる名匠・山田洋次が、倍賞千恵子と木村拓哉を主演に迎え、2022年製作のフランス映画「パリタクシー」を原作に、人生の喜びを描いたヒューマンドラマ。]]
[[日本でもヒットしたフランス映画「パリタクシー」を原作に、山田洋次監督がメガホンを取る「TOKYOタクシー」。毎日休みなく働いているタクシー運転手と、偶然、彼が乗せることになる人生の終活に向かうマダムとの、運命的な出会いと奇跡を描く]]




ネットから拾った画を少しだけ載せます。







倍賞千恵子は私より1歳若い84歳、スクリーンで見た顔はヘプバーンがユニセフのTVCMで観たときと同じように驚きました。主人公の「高野すみれ」の設定が昭和15年(1940年)4月生まれですから年齢相応の役柄と言えます。もう一つ気になったのが彼女(すみれ)は心臓病の持病があり「ペースメーカー」を埋設していて発作を心配していましたが、私も7年前に「心臓ペースメーカー」を埋設しました、以後特に発作を起こしたことも無く無事に生きています、不整脈は全く治癒していませんが。私が生まれたのは昭和15年12月、心臓病でペースメーカーを埋設して居ることなど主人公との気になる共通点があることなど知らずに見た映画でした。

   JICA関西・エスニック料理(21日)
六甲アイランドの美術館に行く前の「腹ごしらえ」にと行きました、何も調べずに行きましたが今の私の「歯」の状況でも無事に完食することが出来ました、美味しかったか否かは別にしましょう。


[[11月のエスニック料理は中央アジアMix料理です。]]
[[ソビエト連邦から独立した、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス共和国、タジキスタン、トルクメニスタンの5カ国は中央アジアと呼ばれる地域に位置しています。中国や旧ソ連の影響を受けたこの広大な地域では、東西の多様な食文化が取り入れられていますが、 代表料理に挙げられるものや料理のスタイルは似たものが多くあります。]]  
<メニュー>


■チキンシャシリク風(Chicken shashlik)


■マルコフチャ(Korean carrot salad)


■マスタワ(Rice porridge-style soup)


■キャベツパイ(Cabbage pie)


■セルフドリンクサービス(コーヒー、紅茶、緑茶、Soft drink)

価格:850円(税込み)
六甲アイランドの美術館に行きましたが、私が観た観たかったのは明日(22日)から始まる展覧会でした、来月に同じようなコースで来るつもりです。

 インドネシア火山噴火・「スメル山」
数日前からニュースで度々放送されていたが、場所がインドネシアと言う事で、それほど珍しいことでも無いので気にもとめなかったのだが「スメル山」と言う名前に昔の記憶が蘇ってきた、この山の近くで1990年8月末から9月中旬頃までジャングルを切り開いた場所に化学工場を建設酢工事に関わったことがある。

登ったことはないが近くを通って見たことはある山、あの辺は2000m以上の山が連なっている、今度噴火した山から北の方へ約10km離れた所に「ブロモ山」があり、この山の頂上にある噴火口を見に車で行ったので有る。 
 

「スメル山」と「ブロモ山」  の記事をネットより抜粋して下記します。
[[インドネシア・ジャワ島のスメル山が大規模な噴火を起こし、周辺の村々では火山灰や噴煙が太陽を遮り、昼間にも暗くなっているようです。
ブロモ山のカルデラの南方にはジャワ島で最も高い火山のスメル山がある。]]

  
[[ブロモ山(ブロモさん、インドネシア語: Gunung Bromo)は、インドネシアのジャワ島東部、マランの北東約30 kmに位置する火山。テンゲル・カルデラ(英語: Tengger Caldera)の中央火口丘を構成し、ブロモ・テンゲル・スメル国立公園(英語版)内に位置する。標高は2,329 m。活動が活発なことで知られている。]]

 


ブロモ山に関する諸々の話はいずれ詳細をUPしたいと思います。