健常者と比べれば娘の成長は劣っているかもしれないが、ゆっくりでも遅れていても構わない、そんな毎日を私と妻は見守りながら幸せな日々を過ごしていた。

そんな深謀遠慮の暮らしのある晩の事、妻と娘が寝室に行き、私も一人で自分の寝室へと向かった。私の部屋は階段を登った突き当たりの部屋。階段のライトを消し部屋のドアを閉めようとした時、暗闇になった階段から違和感と言うか、不思議な感覚に襲われた。きっと仕事の疲れか何かだろうと気にする事はなかったが、布団に入り目を閉じると、誰かに呼ばれている気がしたのだった。

「・・・・・・!」

俺は慌てて体をお越した。いつの間にか私は寝ていたようで、娘に何かあったのかと思い妻の寝ている寝室側に意識を向けたが、静まり返った寝室からは何も聞こえてはこなかった。これも、きっと夢でも見ていたのだろうと、また布団の中に潜り込んだ。

翌朝、まだ外は薄暗闇の中、いつものように支度をして仕事へと出掛けていった。トラックに乗り込み、注文のあったお客様へと精密部品を届ける。昨夜の夢の事なんてすっかり忘れていた。夕方には仕事も終わり、今日も寄り道もせず真っ直ぐに帰宅した。娘も幼児番組を見てはしゃいでいたりする。言葉を話せないこと以外には何ら健常者とは変わらない家族の日常は、妻が一生懸命に支えとなって頑張っているからだと思っている。夕食の時の妻からの会話は全てと言っていいほど望愛の事である。

「今日はテレビを見ながら手を叩いたよ」
とか、
「くるくる回って踊っていたよ」
などである。

健常者の子供なら当たり前の行動が、私たち夫婦にとっては感動的で新鮮な出来事なのであった。夕食後はゆっくりしてられず、今度は娘をお風呂に入れる準備に取り掛かる。妻が娘の体を洗い、湯船に浸かりながらも、多動で落ち着きのない娘をしっかりサポートしてあげなければならない。落ち着いていられない娘を押さえ、体に真っ赤な引っ掻き傷を付けられる事も少なくはなかった。そして、先に娘をお風呂から出し、私にバトンを引き継ぐ。ここからは私が娘の体を拭き着替えをさせる。素直に着替えてくれる時もあれば、暴れたり、泣き出したり、手を焼く事も多かった。ここでやっと妻は娘から解放され、一人の時間をお風呂でゆっくり癒す事が出来るのだ。
娘の髪を乾かすドライヤーの時間は、タブレットに頼ってしまう。好きな動画を見せておけば、少しの時間はジッとしていてくれる。あまりスマホやタブレットで子供の気を引くのは良くないと知りつつも、それが無ければ時間がいくらあっても足りないのだ。風呂上がりの喉が乾いた時に、娘の好きなジュースに多動を落ち着かせる薬を混ぜて飲ますのも忘れずに行わなければならない。これを忘れようものなら、夜中に覚醒し、ベッドの上で跳び跳ねて遊んでしまうからだ。妻の寝る準備が整うと、ようやく俺は一人の時間になる。

『ふぅ~…』

仕事から帰宅して、やっと落ち着いてソファーでくつろげる。しかし、翌日も仕事の時は朝が早いため、妻にはゆっくり寝ていて欲しい思いから、少し早起きして洗濯物やごみ捨て、自分が食べる朝御飯と昼のお弁当の準備をして出勤する。夜になってもゆっくりはしていられない。これが基本的なルーティンになっていて、そして今夜も一人寝室に行き娘を起こさないよう寝顔も見ずに布団に入るのだった。

 

つづく