数日後、麻依のお母さんが退院する事が決まり、今朝は病院まで迎えに行く事になった。残念ながら麻依の実家は取り壊しが決まったので、しばらくお母さんは俺たちと一緒に暮らす事になった。

蓮 「一人で大丈夫か?」

麻依 「大丈夫だよ。ごめんね、蓮には迷惑掛けちゃうね。」

蓮 「気にするなよ!俺はお母さんを歓迎しているよ。」

麻依 「ありがとう!」

俺は仕事に行く準備を、麻依はお母さんを迎えに行く準備をしていた。ふとその時、テレビからはとあるニュースが流れていた。

『昨日、○○市のパチンコ店で、景品交換所に強盗が押し入り現金が奪われる事件が発生しました。警察は防犯カメラの映像を調べ犯人の行方を捜査しています。続いて昨日夕方、群馬県○○○の林道にて、女性が倒れていると、散歩中の近所に住む方から通報がありました。駆け付けた警察の調べによると、倒れていた女性は同県に住む"一ノ瀬美咲さん"と、持ち物から判明しました。一ノ瀬さんは、鈍器のような物で後頭部を殴られたと思われ、意識不明の状態で発見され病院へ運ばれましたが、現在も意識は戻っていないとの事です。続いてのニュースは…』

蓮 「…おい…マジかよ…」

麻依 「うそでしょ…」

俺たちは一瞬、時間が止まったかのように流れるニュースを見つめていた。いったい何がどうしてこんな事になったのか、頭の中は真っ白になっていた。我に返ったのは、携帯電話の着信音に気付いた時であった。電話に出ると、その声は中山所長だった。ニュースを見た中山所長は、こらから美咲のいる病院へ行くと言う。仲の良かった俺たちの事が心配になり連絡をくれたのだ。詳しい事が分かったら報告すると約束し、俺はいつも通りに会社へと向かった。麻依は美咲の事が心配ではあったが、退院したばかりのお母さんに余計な不安を与えたくない思いで、今は平然を装っている事に決めた。
仕事をしていても俺は美咲の事が気になってしまい、ついボーッと考えてしまう。『心ここにあらず』ってやつだ。そんな俺を見ていられず、同じ部署で働く"山川和美"が声を掛けてきた。

和美 「小鳥遊くん!どうしたの?ぜんぜん手が動いてないじゃない。何か悩み事?」

蓮 「あっ、いえ、ごめん。ちょっと考え事をしていて…」

和美 「麻依ちゃんと何かあった?それとも、今朝の…ニュース?」

蓮 「えっ!?知ってたんですか?」

和美 「知ってるよ、麻依ちゃんと付き合ってる事も、美咲の事も。美咲の事は心配だけど、所長から連絡があっていつも通りにしていてくれって頼まれたからさ。私も美咲と同じ部署にいた時は仲良くしてたし。ねぇ、小鳥遊君は美咲に何があったか知らないの?」

蓮 「…何が何だか…もう、分かりません。ただ…」

和美 「ただ…?」

俺は麻依の実家が火事になり放火の疑いがある事や、それについて美咲が独自に調べていた事を話した。今回の麻依が襲われた件に何か繋がっているかは分からないが、タイミング的に不自然さを疑う他になかった。
昼休憩になると、中山所長が病院から戻ってきた。俺はすぐさま所長の所へ行き、一ノ瀬美咲の状態を聞かせてもらった。なんとか一命を取り留め、今は絶対安静の状況だという。そして当然の事ながら、警察から身辺の状況や最近の勤務態度などの事情聴取を受けたそうだ。さらに詳しく調べる為に、俺や麻依にも話を伺う事になるとも言っていた。
仕事が終わり、俺は急いで車に乗り込んだ。退院してきた麻依のお母さんが、今日から一緒に住むからである。麻依も今回の件では色々と精神的に疲れているだろうから、早く帰って安心させなくてはならいと思っていた。

『キキーッ!』

会社の車庫から出ようとした途端、車の前に飛び出してきたのは和美であった。

蓮 「どうしたんですかっ!?」

和美 「ねぇ!今、思い出した事があるんだけど聞いてくれる?」

蓮 「は、はい!」

和美 「今朝のニュースで言っていた美咲の倒れていた林道ってさ、あそこ、田中蒼真の自宅の近くじゃない?もしかして、美咲は田中蒼真の事を調べていたら何者かに襲われたって事はないかしら?」

蓮 「確かに、そうかも!でも、田中さんは亡くなっています。調べた所でもう何も出てこないと思いますが…」

和美 「でも美咲は田中蒼真の自宅付近で襲われた…これがさっき小鳥遊君の言っていた"不自然さ"ってやつじゃない?だとしたら、やはりもう一度田中蒼真の事を調べてみる価値はあるかも!」

確かに和美さんの言う事も一理あるが、果たして亡くなった者を調べたからと言って何か分かるものだろうか?どちらにせよ俺は美咲の回復を待って、何を調べていたのかを聞く必要があった。
帰宅すると、スーツ姿の見慣れない男が来ていた。それは先ほど中山所長が言っていた警察が俺たちに話を聞きに来たのだ。

冴島 「夜分にすみません。群馬県警捜査課の真島と言います。中山所長さんから聞いていると思いますが、今回、被害にあわれた一ノ瀬美咲さんについて、少し話を聞かせてもらえませんか?」

蓮 「はい…」

真島 「小鳥遊さんは、今回の一ノ瀬さんの件で、何か知っている事はありませんか?どんな些細な事でもいいので。」

俺はこれまでの経緯を全て話した。しかし、俺の話も先に聴取を受けていた麻依と何も変わらないもので、それ以上の有力な話は出来なかった。そして、こちらから実家の放火と今回の美咲の件について因果関係があるのか聞いてみたが、捜査上の情報は話せないと、軽くあしらわれてしまった。
警察が帰った後、俺は田中蒼真について調べたいと麻依に告げた。当然の事ながら美咲の事もあり反対されたが、それが実家の放火事件に関わる可能性があり、美咲が調べていた件と何者かに襲われた因果関係をはっきりさせたい気持ちを打ち明けた。そして、俺の熱意に根負けしたのか、麻依は必ず毎日連絡をする事と、危険を感じたら深入りしないという条件付きで許してくれたのだ。俺はすぐに中山所長へ休暇願を出し、翌日には美咲のいる病院へと向かった。
美咲は意識が戻ったものの、まだうまく体が動かせない状態であった。精神的にもショックが強く、会話が出来る状況ではなかった。俺は一ノ瀬美咲が何を調べ、そして、誰に襲われたのか…必ず真相を暴くべく、ベッドに横たわる美咲に約束をした。美咲は軽く頷くと、ゆっくりとハンドバッグを指差した。俺はハンドバッグを手に取ると、美咲が俺に何を伝えたいのかが分かった。そして中から手帳を取り出した。それは美咲がこれまでに調べていた記事と、田中蒼真が写っているあの時の写真が挟まっていた。

蓮 「これは…!?」

手帳を手にした俺の顔を見つめる美咲の目を見た時、言葉を交わさなくても美咲の言いたい事が全て分かった気がした。

蓮 「分かったから…。安心して、体を休めて下さいね。」

美咲は目に涙を溜めて頷いたのであった。

エピソード2
終わり