第六章 ~憤り~

聖也 「おばあちゃん!その後、新之助はどうなったのですか?」

おばあちゃん 「戦いに敗れた新之助さんは、その場で息を引き取り、後から駆け付けた幕府の援軍により清一郎は捕縛されたそうよ。」

聖也 「…そんな…馬鹿な…。新之助は、俺のせいで大上の息子に殺されたんだ…」

新たな真実を知った聖也は、大上を倒した事により新之助が命を落とす事となってしまった結末に動揺を隠せなかった。大上を倒し、現代へと帰還した聖也は一件落着とばかりに浮かれていた。その後の新之助の事など気にも止めていなかったのだ。

聖也 (俺のせいだ…)

簪を手に取った聖也は、遠く離れた新之助の魂の記憶を甦らせていた。

聖也 「家康様…もう一度俺を江戸の世界に連れていってくれっ!」

簪を強く握り締め、何度も何度も同じ言葉を願った。そして簪は光を放ち、聖也を眩い光で覆い尽くした。

聖也 【待て…俺が行くまで待つんだ新之助!】


光が消えていくと、そこは前と同じ石碑の前であった。江戸の町を走り抜け、ようやく江戸城へと辿り着いた。

聖也 「お菊殿ーっ!俺だ!せいきちだ!」

厳戒態勢が敷かれていた江戸城は物々しい雰囲気で、門番の手によって聖也は足止めをされてしまった。すると騒ぎに気付いた者が菊姫を訪ねてきた怪しい者がいると報告をしたのだ。

家来 「ご報告します!現在、城門にて不審者が現れました。お菊殿と会わせろと言っておりますが、菊姫様の事で御座いましょうか?」

菊姫 「お菊殿…、して、その者の名は何と申すか?」

家来 「はい、"せいきち"と申しておりましたが…追い払いますか?」

菊姫 「せいきちっ!?本当にせいきちなのですか?」

慌てた様子で菊姫は部屋から駆け出した。
そして城門へ到着すると、現代の格好をしているが、そこにいたのは間違いなくせいきちであった。

菊姫 「せいきちっ!何故ここへ戻られた?」

せいきち 「ごめん、俺、知らなかったんだ。俺のいなくなった後、まさか大上の息子が復讐に現れるなんて…。そして、新之助が殺られちまう事も…」

菊姫 「新之助が殺られる!?どういう事ですか?新之助は先ほど大上清一郎の討伐に向かいましたが、殺られるとはいったい?」

せいきち 「ゆっくり説明している暇はないんだ!俺が行かなきゃ、新之助は死んでしまう!早く、あの刀を!」

菊姫 「…分かりました。未来という所から来ているせいきちの言う事です、全てを信じましょう。」

菊姫は家臣にソハヤノツルギと馬を用意させ、戦う為に着物へと着替えた。聖也はせいきちとなり、ソハヤノツルギを腰に差し馬へ乗ると新之助がいる河川敷へと走らせようとした。

菊姫 「待って!」

慌てて手綱を引いて止まったせいきちを見詰めている菊姫と目が合った。

菊姫 「…戻ってきてくれて、ありがとう。」

せいきち 「すまぬ・・・お菊殿・・・これは俺の戦なんだ!はいやっ!」

城を後にしたせいきちは、振り返る事もなく駆け抜けて行ってしまった。その後ろ姿は、まさに武士(もののふ)そのものであった。


清一郎 「どうやら、限界のようですね。」

新之助 「うぅぅぅ…」

清一郎 「これで、終いだっ!」

水織 「しんの…すけ・・・いやぁぁぁ!」

清一郎 「呆気ない…所詮、俺の敵ではない・・・!?」

『新之助ーっ!!』

遥か向こうから、砂埃を巻き上げ凄まじい気迫で迫ってくる武士の姿があった。せいきちである!

清一郎 「何者だ貴様っ!」

せいきちは清一郎に見向きもせず、一直線に新之助の元へと駆け寄り、倒れている新之助を抱き起こした。

せいきち 「何故だ!何故一人で行ったのだ!何故、俺を呼ばなかった!」

新之助 「…その声は…せいきちか…」

せいきち 「あぁ、俺だ、せいきちだ!」

新之助 「そうか…来てくれたのだな…すまん…こんな無様な姿を…」

せいきち 「何故、俺を待っていてくれなかった!」

新之助 「…昨夜、見た夢…あの時の声は…やはり…せいきちであったか…」

せいきち 「そうだ!俺は心底から願った!俺が行くまで待てとな…」

新之助 「まさか…来てくれるとは思わんだろう…俺も武士の端くれ…戦人なんだ…戦わずして死するより…大切な物を守る為に死ねるなんて…最高じゃねぇか…」

せいきち 「何を言ってる!まだ守らなきゃならない人がいるだろう!」

新之助 「…水織の事か…幸せにしてやれなくて…すまないなぁ…一足先に…あの世で待っていると伝えてくれ…ありがとう…」

せいきち 「新之助ーーーっ!!」

息を引き取った新之助を、せいきちはゆっくりと下ろした。そして、最後まで諦めずに戦う志しである離さなかった刀を血で染まった手から外してやると、両手をお腹の上へと添えたのだ。

清一郎 「お前がせいきちだな…やっとお出ましって訳か・・・ぐはっ!」

一瞬にして、せいきちの拳が清一郎に叩き込まれた。怒りに満ちたせいきちは、清一郎の言葉は耳に入らなかった。何かを話そうものなら、すぐさまその口を塞いでやる。ただただ、新之助を殺した清一郎が憎くく、この手で裁きを喰らわす事しか頭になかった。

せいきち 「よくも…よくも、俺の大切な友を…。お前の罪は万死に値する!俺の裁きによって償ってもらうぞーっ!うぉらぁぁぁぁっ!」

防御すら出来ないほどの早さで繰り出されるせいきちの拳は、何度も清一郎に叩き込まれた。清一郎も反撃に転ずる為に刀を抜いたが、せいきちの前では何ら意味を成さなかった。

清一郎 「こ…これが、真の神道一刀流なのかっ!さすが、天下人である家康公の霊を司る男よ…だが、俺だって何もせず遊んでいた訳ではない!」

冷静を取り戻した清一郎は、再びウーシューの技を繰り出した。剣撃には剣で、打撃には拳で応戦し、少しずつ形勢を取り戻し始めた。そして、清一郎は一瞬の隙をついて足払いを決め、せいきちが倒れたと同時に真上から飛び乗るように正拳突きを喰らわせた。まさに、新之助に致命傷を負わせた鉄拳である。倒れたままのせいきちは、目を閉じたまま動かない。清一郎は止めを差すべくゆっくりと近付いた。

その時せいきちの記憶は幻影の中にいた。

せいきち 【家康様…何故、新之助が死ぬ前の刻に俺を戻してくれなかったのですか?そうしたら、新之助は死なずに済んだかもしれない!何故ですかっ!】

家康 【せいきちよ…刻とは残酷なものよ。人は必ず死ぬのだ。それが早いか遅いかは神のみぞ知る所。その運命を変えてまで助けたい気持ちは分かるが、それによって未来が変わってしまうのも確かだ。もし、ここで新之助を助けたとしたら、せいきち、お主の大切な人は存在しなくなってしまうのだ。だから儂は新之助を助けてやれなかったのだ。すでに、せいきちは未来に存在しておる。ここで新之助を助けたが為に、せいきちの未来が消えてしまう事となる。つまり、未来に歪みが生じてしまうのだ。儂はそれだけは回避しなくてはならんかった。儂がせいきちを呼び込んだが為に、せいきちの大切な人を失わせる訳にはいかなかった。】

せいきち 【大切な人…?】

家康 【いずれその時が来れば分かるであろう…だから、清一郎を倒し、必ず未来へと帰るのだ!よいな!】

倒れている間、せいきちは家康公と出会っていた。胸の内を聞いたせいきちは、家康様との約束を果たすべく生気を奮い立たせ目を閉じたままゆっくりと立ち上がった。

せいきち 「俺が見ているのはこの真っ暗な闇ではない。明るく真っ直ぐに生きる未来なんだっ!」

目を開いたせいきちの眼光の強さに、清一郎は怯えるように視線を反らした。まさにその眼光は獲物を狙う猛獣であった。

清一郎 「まだくたばっていなかったか!これで終いだっ!」

刀を振り上げたその刀身は、一直線にせいきちの頭上へと振り下ろされた。

『ガキーンッ!』

ソハヤノツルギは清一郎の刀を真っ二つに砕いた。後退りをする清一郎に今度は容赦なくせいきちが奥義を繰り出した!


『 神 道 天 照 斬 』
  (アマテラスの裁き)

『ズガガガガーンッ!』


清一郎 「うあぁぁぁぁっ!」

神道一刀流奥義をまともに喰らった清一郎は、その破壊力と共に弾き飛ばされた。

せいきち 「お前の苦しみは理解できる。だが、関係のない人の命を奪っていい理由なんてこれっぽっちもないんだ!父親である大上歳善も、俺との戦いに敗れた後、自分は愚かであったと認めた…。だから俺は殺さなかった。人はいつでもやり直せるんだ!一つ教えてやる.…戦いで得られる物ってなんだか分かるか?」

清一郎 「・・・」

せいきち 「"悲しみ"だよ…。戦いに勝とうが負けようが、そこには必ず失う物がある。人の命だ。どんなに散っていった人を賛美しようとも、死んだらそれで終わりなんだ。争いを飾り立てる(美化する)事はできないんだっ!そして、その悲しみがいつしか憎しみに変わり、そしてまた争う…。もう、こんな馬鹿げた事は終わりにしてくれっ!俺は、目の前で悲しむ人の顔を見たくはないんだ…」

清一郎 「だから、こんな俺にまで情けを掛けて峰打ちだったのか…?ふざけた事を抜かすなっ!武士が死に場所を見失う事ほど無様な事はねぇ。さぁ、俺の首を取るんだ!」

この言葉に、せいきちは悩んだ。共に戦い仲間として、そして友として生きてきた新之助を殺られた事に、せいきちの怒りは爆発寸前であったからである。ソハヤノツルギを握るせいきちの手は、今にも清一郎の首を跳ねてやりたいという一歩手前の理性で押し殺していた。だが、せいきちの脳裏に新之助の顔が横切ると、その理性も効かなくなるほどの衝動に襲われた。

せいきち 「お前の首を取り、この戦いに終わりを告げる…うおぉぉぉっ!」

ソハヤノツルギの切先を清一郎に向けたせいきちであったが、その目からは大粒の涙が溢れていた。
 

【やめるんだ…せいきち殿】

その声は、新之助の声であった。

【俺は正々堂々と戦い、そして負けたんだ。清一郎を恨んでなんかいないさ。それよりも、俺も幕府側の人間として、清一郎を救ってやれなかった。罪の無い者までもが咎め(とがめ→罪)を受けずに済むよう、上様に伝えてもらえぬか?それが出来るのはお主だけだ!頼んだぞ…せいきち殿!】

新之助の穏やかな声に、せいきちは我に戻った。まさか新之助の声がせいきちに届くとは思っていなかったからである。新之助は武士としても、人としても、最後まで思いやりを忘れていなかった。

せいきち 「行けよ…。新之助はお前を許したよ。救ってやれなかった事を詫びながらな。」

清一郎 「・・・」

立ち上がった清一郎は、身体を引きずりながらせいきちの前から姿を消した。せいきちは、傷を負った仲間たちの手当てに加わった。朱雀、青龍、白虎の傷は、深手ではあったが水織や甚八の早急な手当てのお陰で命を落とすほどには至らなかった。その後、幕府の援軍により治療が施され、また、亡くなった者たちも正式に弔われた。せいきちは新之助を背負い、遠い道のりを城まで連れて帰ったのだった。

第六章 ~憤り~

終わり