第五章 ~戦~

城門に矢文が突き刺さっていた。そこには江戸から少し離れた河川敷に来るようにと記されていた。明日は清一郎との一戦が待ち構えている。新之助は警護役を筆頭に町や城内の腕に自信のある者集め、軍兵組織を集結させていた。そして菊姫も、新之助が留守の間に城へ攻撃があるかもしれないと、女中へは薙刀を持たせ、別式(べつしき→武道の心得を持つ女性。別式女。)を配置させ侵略に揃えていた。

菊姫 「とうとう明日ですね…」

新之助 「奴らも浪人を集め、国を乗っ取ろうと企てておる。決死の覚悟で立ち向かって来るであろう。我ら警護役を筆頭に、何としても清一郎を止めて参ります。城内の警備も厳重にしておきますが、万が一の時には菊姫様はお逃げ下さい。」

菊姫 「何を言うのです!私も戦う覚悟は出来ております。」

水織 「菊姫様をお守りするのが私たちの役目。ここは私たちに任せて、必ずや憎き敵を討ち果たして下さいませ。」

新之助 「水織…すまないなぁ…この戦いが済んだら、必ず祝言を上げよう!」

水織 「はい!必ずや勝利を納め、無事にお戻りになって下さい。」

新之助 「あぁ、約束だ!」


【待て…俺が行くまで待つんだ!!】


新之助は奇妙な夢を見た…。
そして翌日。約束の刻限となり、新之助率いる幕府軍は清一郎との約束の場の河川敷へと出向いた。町から離れたこの場所なら、戦には絶好の場所とも言えた。すると、はるか先に清一郎の姿が見えた。風が運ぶ砂埃が邪魔をしていたが、敵の姿は清一郎しか居ないように見えた。

新之助 「清一郎!約束通り来てやったぞ。」

清一郎 「せいきちって野郎はどこだ?」

新之助 「せいきちは居ない!これは俺とお前との戦いだ。反逆者としてお前を捕える!」

清一郎 「・・・ずいぶんと見くびられたものだ。頭数だけ揃えた所で、勝ったつもりか?せいきちって野郎無しで俺とまともに戦えるとでも思ったのか?」

新之助 「お前はこの俺が…斬るっ!!」

清一郎 「まぁよい。相手になってやるよ。そして…策とはこのように講じるものだ!」

清一郎が合図を送ると、草影に潜んでいた浪人たちが次々と姿を現した。その数…百…三百…五百人と、新之助が率いてきた百人の幕府軍をはるかに超す人数に、臆する者まで現れるほどの差で勝敗は歴然であった。

新之助 「ちっ!お山の大将気取りか!早いとこ、その山から引きずり下ろしてやるよ!皆の者!敵は浪人風情だっ!我ら幕府の力を見せてやるぞっ行けーっ!」

清一郎 「我ら戦人(いくさにん)の名誉のために、今こそ幕府の犬を地に叩き落とすのだっ!やれーっ!」

『うおぉぉぉぉぉっ!!』

こうして、幕府軍と浪人軍の火蓋が切って落とされた。新之助は神道一刀流の力を発揮し、次々と敵を斬り倒していった。しかし、浪人軍も元は国や藩などに支えてきた武士。お役(国の仕事)や仕官(大名などに支える)に付けず、幕府に対する恨みは凄まじい力となり襲い掛かってきた。

『ガキーン!』
『ズバッ!』


まさに竜攘虎搏の状況に、もはや勝つか負けるか、生きるか死ぬかの激戦となった。だが時間が経つにつれ、元々が多勢に無勢。さらに、幕府軍の中には勝ち目がないと感じた者が逃げ出し始めてしまったのだ。それでも新之助は迫り来る敵を確実に倒し続けた。だがその新之助も次第に疲れが見え始め、神道一刀流を持ってしても、相手を仕留める事が困難に陥ってしまった。

新之助 「はぁはぁはぁ…。ちくしょう、いくら倒しても次から次へと湧いて出てきやがる…これじゃ、清一郎に辿り着く前に殺られちまう…」

そして辺りを見渡すと、すでに新之助と数人の家臣しか残っていなかったのである。

新之助 「もはやこれまで…だが、死はもとより覚悟の上!俺は最後まで諦めんぞ!」

新之助は最後の力を振り絞り、もののふとしての最期をまっとうしようとしたのだ。新之助は刀を振りかざし、浪人たちに突っ込んで行った。だがその時、新之助の背中に向かい叫ぶ声が聞こえてきた。

『こらぁっ!浪人どもっ!俺らの大将にふざけた真似してんじゃねーぞ!まとめて俺らが相手をしてやらーっ!』

そこに居たのは、白虎、青龍、そして朱雀の三人であった。

新之助 「どうしてお前たちがここに?」

朱雀 「所詮、俺たちは武士(もののふ)って事だ!武士と言ったら戦だろうが!」

白虎 「新之助ちゃんには借りがあるからねぇ。ちゃんと返しにきたのよ!」

青龍 「お慈悲により参上致したまでだ!」

新之助 「・・・お前ら・・・」

『兄貴~っ!』

新之助 「ん!?まさか…その声は!」

甚八 「兄貴っ!すっかり遅くなりまして…」

新之助 「甚八じゃないかぁ!まさかお前まで来てくれたのか?」

甚八 「当たり前じゃないですか!そこの朱雀さんの使者が来て教えてくれたんですよ。ちょうど俺も上方(関西)の城警護に飽きていたんでね!微力ながらお手伝いさせてもらいますよ!」

新之助 「・・・みんな、ありがとう!」

朱雀 「さぁ、戦はこれからだぁっ!新之助に続け~!行くぞっ!」

白虎 「あいよ!」

青龍 「任せな!」

甚八 「よっしゃ~!」

思いもよらぬ戦友であり戦人の登場に、新之助の士気は激しく高ぶり出した。妖刀使いの朱雀、大太刀の青龍、小太刀二刀流の白虎、そして…少し頼りないが、いざという時はやる男の甚八。窮地に追い込まれていた新之助にとっては最大の好機であると言えた。

新之助 「さぁ、仕切り直しといこうではないかっ!」

清一郎 「ちっ!とんだ邪魔が加わりやがった。だが、俺の剣の前では誰であろうと平伏す事となるだけ!」

こうして新たな剣豪が揃い、次々と浪人軍を斬り倒していった。

『ガキーン!』
『ズバババッ!!』


仲間が加わったお陰で、新之助たちは飛ぶ鳥を落とす勢いで浪人たちを倒していった。そして残す敵は数十名。浪人軍の殲滅まであと一歩の所まできたのであった。

『ズバーンッ!』
『ズバーンッ!』
『ズバーンッ!』


河川敷の合戦場に鳴り響いたのは銃声であった。清一郎は火縄銃を持った兵を仕込んでいたのである。そして、その的となってしまったのは、助けに加わった朱雀、青龍、白虎の三名であった。

新之助 「なぬっ!火縄銃か!」

甚八 「兄貴、大変な事になっちまった~!」

新之助 「甚八!手当て出来るか?」

甚八 「今やってますよ!ただ、同時に三人も居たんじゃ、私一人の手では足りませんよ!」

新之助 「ちくしょう…ふざけた真似しやがって…」

清一郎 「はっはっは!言ったであろう、策とはこのように講じるものだとな!」

新之助 「・・・」

清一郎 「いいんですか新之助さん!?早くお仲間の手当てをしないと死んじゃいますよ!」

新之助 「くっ…」

清一郎 「まぁ、仲間を助ける為に背を向けた時点で俺に斬られますがね…はっはっはっ!」

新之助 「くそっ!どうする事もできんか…」

『新之助様っ!手当ては私にお任せ下さい!』

そこに居たのは"水織"であった。長引く合戦に新之助の様子が心配で駆け付けたのだ。

新之助 (水織っ!?なぜここへ来たのだ?…しかし今は水織に頼むしか手はない!)

清一郎 「また雑魚が1匹増えやがった。まぁよい、今度はあの女だ!鉄砲兵、構えよ!」

新之助 「させてたまるかーっ!!」

『神道一刀流 風伯一刀斬!!』

疾風の如く新之助は火縄銃を構える兵に斬り込み、全ての鉄砲兵を殲滅させた。

水織 「新之助様っ!菊姫様からの言付けがあります。」

新之助 「どんな事だ?」

水織 「そこにいる清一郎の本当の名は…"大上清一郎"…つまり、大上歳善の息子なのです!」

新之助 「なんだとっ…!?」

朱雀 「まことか…?」

青龍 「そんな…!?」

白虎 「どういうことなの!?」

甚八 「やはり、そんな事か!」

菊姫は首謀者が清一郎だと知り、密かに清一郎の身辺を探索していた。すると清一郎にはいくつかの不可解な過去がある事に気付いた。身元人となっていた武家屋敷を訪ねると、そこに清一郎という名の男は存在しなかったのである。"清一"という長男が居たのだが、すでに流行り病にて他界していたのである。さらに当主も何者かの手によって辻斬りに合い果てている事も分かった。そしてちょうどその頃に清一郎は城内警備役として志願されていた。死んだ清一に成り代わって登城していたのだった。そして菊姫は、清一郎の事を知る家臣に聞き込みをし、ある一人の家老に辿り着いた。その家老は、生前、大上歳善の屋敷に唯一尋ねた事のある人物であった。その時、大上歳善の屋敷には息子が居り、そして…左利きの癖を治す稽古をしていたと言うのだ。

【あちらに居られる方は大上様のご子息様でいらっしゃいますか?】

【あぁ、名は清一郎だ】

【あれはいったい何をされている所でございましょう?】

【儂もお役目が忙しく今まで気付いてやれなかったのだが、清一郎はどうやら左利きだったようなのだ。それを治す為の稽古をしておるのだ】

【そうでありましたか。たしかに、武家である以上、左利きは治さんといけませぬな。それで奥方様と一緒にああやって稽古をされていたのですね…】

それから菊姫は、大上歳善の過去を調べ上げた。名前、年格好、左利き、全ての点と点が一つの線で繋がったのだ。清一郎が大上歳善の息子であるならば、幕府やせいきちに恨みがあってもおかしくはない。

新之助 「清一郎っ!これはまことのなのか?」

清一郎 「よくぞ調べて参ったな!あぁ、確かに俺は大上歳善の息子の清一郎だ!」

新之助 「大上の企みを潰されたから、その仕返しでもしようってつもりか?」

清一郎 「ふざけた事を抜かすなぁぁぁっ!」

新之助 「はっ…」

今までにない清一郎の激昂振りに、新之助は思わず息を飲んだ。

清一郎 「お前らは何も分かっちゃいない。俺や母が味わってきた苦痛なんて気にした事もないだろう。父親が城で何をしてきたなんて俺も母もしらなかった。ただ、お役目に励んでいるのだとしか聞かされていなかった…。父が亡くなったと知らせが届いたと同時に、幕府を陥れようとした反逆者だったと聞かされ、それからは毎日が地獄のような日々だった。住んでいた屋敷を追い出され、財産も全て取り上げられて、無一文で着の身着のまま放り出されたのだ。路頭に迷い、知り合いを訪ね廻り、どうにか僅な食料と雨風が凌げそうな古小屋に辿り着いた。悔しさと惨めさから何度も命を絶とうとした母親を止め、生きる為に俺は必死に働いた。元々、体の弱かった母親は、いつしか寝たきりのままになってしまった。俺は朝から晩まで寝ずに働き、母親の為に薬を買って家に戻った。」

【母上!今、戻りました!】

清一郎 「だが、疲れきった俺の前に首を吊っている母親が居た…。その瞬間、俺は本当に全てを失ってしまったのだ。」

新之助 「・・・」

清一郎 「俺も母上も、父親が城で何をしていたのかなんて知らなかったのだっ!それなのに、俺たちまで罪人扱いをされて全てを幕府に壊されちまった…。笑えたよ…。もう失う物がないって事が、どれだけ俺を奮い立たせたかっ!それからは幕府に対する恨みを晴らす事を生き甲斐として生きてきた。それと同時に父親の事も何があったのかを調べていた。そして、せいきちや新之助、菊姫が絡んでいると知ったのだ。この幕府の犬どもを必ず始末してやるとな!」

新之助 「ならば何故、関係のない人たちまで手に掛けた?俺たちだけを殺れば済むだろう?」

清一郎 「苛ついたんだよ…。菊姫を慕ってる馬鹿な女が!尊敬する菊姫に舞を見せるだの、菊姫のような振る舞いを倣うだのと、馬鹿馬鹿しい!そして、三田新之助、お前もだ!警護役として下っ端から崇められ、いい気になりやがって!だから全員をぶっ殺してやった。そう…俺と同じように大切な物を失うつらさを味わってもらうためにな!」

新之助 「てめぇ、ふざけやがって!元はてめぇの親父が蒔いた種だろうがっ!逆恨みにも程があるぞっ!」

清一郎 「ふっ…、確かにな。父親はただ弱かっただけの事。弱かったから負けたのだ。だが俺は違う。幕府に対する恨みなどもはや切っ掛けに過ぎないのだ…。必ずお前らとせいきちって奴を倒して天下を取ってみせるっ!この俺の手でな。」

新之助 「せいきちを倒すだと!?そんな事は俺が許さねぇ!その前に、お前は俺が斬るっ!」

菊姫による執念の探索により、清一郎の素性が割れた。父親である大上歳善による大罪で、清一郎や母親にまでその罪が被さる形となってしまった。しかし、この時代では大罪を犯した者の家族でさえも同罪として扱われるのが主流であった。本来なら幕府に対しての大罪であれば、その家族は死罪(切腹や打ち首)を申し付けられる所を、命だけは取らない沙汰を申し付けたのは、上様によるせめてもの情けによるものだったのかもしれない。

新之助 「やはり、今のお前を止めるには戦うしか方法はないのだな…ならば仕方あるまい。この三田新之助が尋常にお相手致す!」

清一郎 「死にますよ…新之助さん!」

新之助 「いざっ!」

清一郎 「いざっ!」

新之助と清一郎は、激しい一騎討ちを繰り広げた。共に一瞬の隙も見せられない、攻防戦であった。刀と刀が火花を散らし、それを見ていた周りの武士は、二人の戦いに息を飲む思いでとても手出しは出来なかった。

『ガキーンッ!』
『ギギギッ!』


間合いを詰め、鍔迫り合いをしている両者の目の奥には"生と死"の狭間を見詰めていた。一歩も引く事のない二人の戦いは永遠と続いているようだった。

清一郎 「これでは埒が明きませんね…」

新之助 「余裕って顔だな!そろそろ俺に斬られるかね?」

清一郎 「遊びはこれからだっ!」

新之助 「…!?」

顔付きが変わった清一郎は、刀を振り払うと同時に新之助の腹に回し蹴りを喰らわせた!よろめく新之助に、すかさず正拳突きを叩き込み、そのままぶっ倒してしまったのである。

新之助 「ぶはっっ!」

吐き出した血がその一撃の強さを物語っている。肩で息をしている新之助の様子はとても苦しそうであった。ゆっくりと立ち上がり、今にも倒れそうな新之助は、目の前の清一郎を睨み付けた。

清一郎 「まだ立てますか…」

新之助 「はぁはぁはぁ…」

清一郎 「どうでしたか、俺の拳は?」

新之助 「そんな蝿が止まりそうな拳じゃ、俺には効かねぇよ…」

清一郎 「くっ!まだ減らず口が叩けますか?なら、もう少し味合わせてあげましょう!この奥義"ウーシュー"をね!」

"ウーシュー"とは、古来中国で伝えられてきた武術の一つである。刀、槍、こん棒などを用いて、さらに武道、武術、格闘技を組み合わせた戦い方である。新之助の"神道一刀流"は速さこそ一流ではではあるが、刀術と打攻撃の二段構えには不馴れであった。すなわち、清一郎は全身が刀のような武器であるという事だ。いつどこから攻撃が加えられるか分からないのである。新之助は致命傷となる刀攻撃を躱す事に必死となり、僅な隙を狙われ打撃を入れられてしまう。新之助の体力は徐々に削られいった。この時点で新之助には神道一刀流奥義を出す体力も残っていなかった。

清一郎 「どうやら、限界のようですね。」

新之助 「うぅぅぅ…」

清一郎 「これで、終いだっ!」

倒れ込む新之助の腹に、清一郎は容赦なく蹴り上げた。さらに吐血した新之助は仰向けになり、とうとう動けなくなってしまった…。

水織 「しんの…すけ・・・いやぁぁぁ!」

第五章 ~戦~
終わり