第四章 ~不可避~

新之助は一旦城へと戻り、これまで得た事を話した。無論、今後の探索は左利きと思われる男の行方を追う事に決まった。これまでの探索から、城内に容易に出入り出来る者であり、我ら幕府に恨みがある。そして、剣の立つ者であり…左利き。付け加えるなら、せいきちにも関係がある者の仕業。しかし、城内部の人間や城に出入りする者に該当する者が考え付かなかった。新之助も菊姫も、ここへきて、また手詰まりとなってしまった。

新之助 「もう少し浪人どもから話を聞くか…それとも、城内の奴らを拷問にでも掛けて吐かせるか…。困ったものだ。」

菊姫 「こんな時、せいきちさんならどうするのでしょうか…」

新之助 「せいきちはもう居ないんですよ!!」

菊姫 「…ごめんなさい…」

新之助 「いや…ごめん…俺の方こそ大声を出してしまいすまない…。ちょっと道場に行って頭を冷やして来ます…」

なかなか思うように事が運ばずに苛立ってしまった新之助は、菊姫に対し怒鳴ってしまった。せいきちは良き友であり、武士としては良き競争相手でもあった事から、いつまでも頼っていられないという男としての意地の現れてだったのであろう。

新之助 (ちくしょう…もう後はないぞ。次の犠牲者を出せば幕府の威信にも関わる。いや、警護役としての俺の自尊心が許さねぇ。何としても犯人を捕まえてやらなきゃ気が済まねぇぞ!)

新之助は自分に言い聞かせるように、闘気
と正義感を奮い立たせながら道場へと向かった。

新之助 (ん…!?あそこに居るのは清一郎ではないか?あんな所で何をしているのだ?)

守衛小屋では清一郎が入念に刀の手入れをしていた。刀身の隅々まで打ち粉を振り、刃毀れなどがないか真剣な眼差しで見ていた。

新之助 「ほう、刀の手入れか!良い事だ。しかし、あの目付き…初めて見る清一郎だな。ちょっとは警護役として、武士の心得が分かってきたのだ…な・・・えっ!?」

新之助は自分の目を疑った。打ち粉を振っている清一郎は右手に刀を持っていたのだ。通常なら左手に刀を持ち、利き手で打ち粉を持つものなのである。つまり清一郎は、左利きのため左手で打ち粉を振っているという事になるのだ。

新之助 (まさかっ…清一郎は左利きなのか!それにあの目はいつもの清一郎の目ではない。道場で手合せしていた時の軟弱な清一郎というよりも、まさに"もののふ"の眼光!いったいどういう事なのだ!?いや待てよ…、確か道場で警護下役たちが殺害されていた時、俺はまだ息のある者が居るかもしれんと思っていた。しかし、後から駆け付けた清一郎は"皆が死んでいる"と言っていた…。何故、確認もせず一目で死んでいる事が分かったのだ?確かにその後の調べでは、全ての者が止めを刺された痕跡があった。清一郎は止めを刺されている事を知っていて、さらには左利き。そして、お豊の言う通り武家の格好もしている。それ以外も全て合致する。もし、清一郎が犯人だとしたら…全てのつじつまが合う!しかし、動機が分からん。反幕府のもくろみも、せいきちを誘き出す理由も…。答えは清一郎本人に聞くしかなさそうだな!)

新之助は足元に転がっていた石ころを掴み、勢いよく清一郎に向かって投げ付けたのであった。

『パシッ!』

清一郎は死角から飛んでくる石を見向きもせず受け止めたのであった。その瞬間、これまでの悪事が全てこいつの仕業であると新之助は悟った。

新之助 「清一郎っ!どういう事だ!これまでの事、全て白状してもらうぞっ!」

清一郎 「・・・」

新之助 「黙ってちゃ分からねーだろっ!」

投げ付けた石を軽々と受け止めた事により、新之助は清一郎が只者ではないと確信した。そして、何も話そうとしない清一郎に対し刀を抜いて斬り掛かったのだ。

『ガキーンッ!!』

弾き返され宙を舞ったのは、新之助の刀であった。

新之助 「お前、今までの姿は芝居って訳か…」

清一郎 「芝居?何を言ってんだ!端からお前なんぞ眼中にないんだよ!」

新之助 「てめぇ…何が目的なんだ!」

清一郎 「くっくっく!まずは、この腑抜けた幕府を壊滅させる事。こんな腰抜けし衰退しきった幕府の言いなりになるなんて真っ平御免だね。」

新之助 「幕府を乗っ取り天下人にでもなろうって腹か?」

清一郎 「まぁ、そんな所かな。ただもう一つ。早いとこ"せいきち"って男を連れてこい。」

新之助 「せいきち?あいつは現れねぇよ。もうこの国(時代)にはいねぇんだ!」

清一郎 「へぇ、ならどうなっても知らないよ。あいつが俺の前に現れるまで、俺の国取りは誰にも止められない!幕府に関わる人間も一人残らず…皆殺しだっ!」

新之助 「てめぇ!ふざけんじゃ…ね…ぇ!?」

殴り掛かった新之助の前から一瞬にして姿を消した清一郎は、新之助の背後に回り込み刃を首筋へと突き付けた。

清一郎 「三日…あと三日だけ待ってやる。せいきちを俺の前まで連れてこい!そこで俺が勝負してやるとな!」

そう言い残すと清一郎は城から出ていったのだった。殺されずに済んだ新之助は、全身の震えが止まらず、これまでに経験したことのない恐怖を感じていた。
気を落ち着かせた新之助は、菊姫に清一郎が主犯である事を報告したが、今更せいきちを呼び戻す事には反対の気持ちでいた。また以前のように、せいきちに助けを求めて願い続ければもしかしたら現れるかもしれない。が、本来この時代の者ではないせいきちに頼ってしまう事はもう二度としたくはなかったからである。今度は我ら幕府の威信に掛けてでも反逆者を成敗させなければならないという、強い意思の現れでもあった。

菊姫 「新之助!我らの力で立ち向かいましょう!」

新之助 「そうだな!」

こうして菊姫と新之助は、真の敵である清一郎を討ち果たすために立ち上がったのであった。

第四章 ~不可避~
終わり