菊姫から聞いた手掛かりを元に、新之助は片っ端から新たな情報を探し始めた。

 

せいきちが絡んでいるすると、まずは五年前の大上歳善との戦いについてだ。大上はせいきちとの戦いに敗れ自害した事は分かっている。だがその時に現れた大上の手下であった忍び四人衆が怪しくなってくる。最初の一人"玄武"は、せいきちに敗れ自害している。二人目の"白虎"は、戦いに破れたのち改心し、その後は不明だ。三人目の"青龍"は、新之助との戦いに敗れ、白虎と共に姿を消した。四人目の"朱雀"は、せいきちに諭されたのちに、町で道場を開き子供たちに剣を教えていると噂で聞いていた。もし、せいきちを恨むとしたら、この三人なのかもしれないが、当時の様子からは仕返しをするようにも思えなかった。

新之助 「まずは朱雀からだな。確か江戸からそう遠くはない場所で剣道場をやっていると聞いた。一走り、行ってくるか!」

新之助は馬を走らせ、朱雀のいる道場へと向かった。そこには、五年前に生死を掛け戦ったとは思えぬほどの、堂々たる姿で剣術を指導している朱雀の姿があった。竹刀を持ち、額からは流れ出る汗は光輝いていた。子供たちも熱心に振るう竹刀から、まさに良き先生と言った感じであった。

新之助 「御免!」

朱雀 「ん!?お主は確か…」

新之助 「久し振りだな!」

朱雀 「よくここが分かったな。して、何し来たのだ?」

新之助 「ちょっと聞きたい事があってな。少しだけいいか?」

朱雀 「…良かろう。よし、皆は自習しておくように!」

子供たち 「はい!先生!」

新之助は朱雀を外へと連れ出すと、これまで経緯を全て話した。勿論、新之助はこの時点で朱雀が犯人ではない事は"武士の勘"で分かっていたからである。そして、白虎や青龍のその後についても念のために聞く事にした。

朱雀 「あいつらとは何年も会ってはいないが、噂によると白虎は容姿を活かし舞踊を極めるのだと京都へ修行に行ったと聞いておる。青龍はお主に救われた命で、今度は坊主となって仏の道へ進んだと聞いておる。どちらも幕府やせいきち殿を恨んでいる事はなかったぞ。武士が潔く敗けを認めたのだ、逆恨みなんてするものか!」

新之助 「そうであったか…。すまぬ、つまらぬ事を聞いてしまった。疑っていた訳ではござらんが、何か少しでも手掛かりが欲しくてな…。邪魔したな。」

朱雀 「ちょっと待ってくれ!手掛かりになるか分からんが、妙な噂を耳にしたぞ。」

新之助 「妙な噂?」

朱雀 「あぁ。今回の件と関係があるかどうか…。」

新之助 「何でもいい!教えてくれ!」

朱雀 「反幕府を目論む輩、まぁ、ほとんどは浪人らしいらのだが、その浪人たちを集めて落城させようと企んでおるらしいのだ。」

新之助 「らっ、落城!?」

朱雀 「酔っ払った浪人どもがそんな話をしていたのだ。そのてっぺんには、かなりの剣の使い手が首謀者として君臨しているらしい。今、城内で起きている不穏な動きと、この噂話…何か似ていないか?繋がりがあれば浪人を探索したら何か他の手掛かりになると思うのだが。」

新之助 「浪人か…。よし、ありがとう!その線で片っ端から探索してみるとしよう。」

新之助は一旦城へと戻り、菊姫に得た情報を話した。次なる目標は浪人からの情報収集と決め、その日からは浪人がたむろしている場所に近付いた。
しかし、浪人たちは警戒心が強く、武家の格好をした新之助が近付くと、さらに警戒心を強めて何処かへ姿を隠してしまう。これではイタチごっことなってしまい、いつまでたっても浪人から話が聞けない。そこで新之助は身を隠し、浪人たちから近付いてくるのを待っていた。すると、ちょうど二人組の浪人が歩いてきたのだ。

新之助 「ちょっと待ったぁ!」

浪人 「なんだ貴様は!?」

新之助 「少し話を聞かせてもらえないか?」

浪人 「ああ?こっちはお前に話す事などないわっ!失せろっ!」

新之助 「そんな毛嫌いするなよ。少しでいいんだ。」

浪人 「話す事などないと言っているのが分からんようだな…」

すると浪人は刀を抜き、新之助に刃を向けたのであった。新之助は"やれやれ"といった様子で刀を抜き、刀背打ちに構えた。元々、神道一刀流を得た新之助は、さらなる鍛練を積み重ねおり、そこらの浪人では相手にならないのは明白であった。

浪人 「いてててっ!ま、参った!勘弁してくれ!」

新之助 「最初から素直に聞いてくれたら痛い目に合わんで済んだものの。まあよい。話を聞かせてもらおう。この辺りで、浪人を集め良からぬ事を企んでいる者が居ると聞いたのだか…お主らは何か知っている事はないか?」

浪人 「良からぬ事…さぁ、聞いた事ないぞ。ただ、浪人に手掛かりがあるのであれば、あそこに行けば何か分かるかもしれないが…」

新之助 「あそことは何処だ?」

浪人 「品川宿の外れに、誰も近寄らない罪人や浪人が集まる場所がある。そこには、仕事もなく酒に溺れた奴や喧嘩っ早い輩がたむろしているって話だ。」

新之助 「品川かぁ…。分かった!色々と済まなかったな。」

品川宿まではさほど離れていない。新之助は急いでその場所を目指したのだった。
到着すると、すぐに浪人の言っていた場所がここだと分かった。正面から突破したところで素直に聞く耳を持っていない輩の集まりに、新之助はどう切り出すか困惑していた。

新之助 「ひとまず近くの酒屋にでも入って聞き込みでもするかぁ。」

店の女 「いらっしゃい!」

新之助 「一本付けてくれないか。」

店の女 「あいよ!少々お待ちを!」

新之助は酒が来るまでの間、格子窓から外の行き交う人々の流れを眺めていた。港が近い事もあり、海鮮問屋に買いに来る客で大いに賑わっている。

新之助 (こんな所で騒ぎを起こす訳にはいかんなぁ…どうにか穏便に済ます方法はないものか…)

店の女 「はい、お待ちどうさま!」

新之助 「あぁ、かたじけない。」

店の女 「お武家様…失礼ですがこの辺では見掛けない顔ですね?品川は初めてですか?」

新之助 「あぁ。ちょっと用事があってな。その先の路地裏でたむろっている連中に話があるのだが、どうしたら良いものか…。力ずくで聞けば済む事なんだが、これだけの人が行き交う賑わいの場で争い事は避けたくてな…」

店の女 「へぇ…それなら"お豊ちゃん"に頼んでみたら?」

新之助 「お豊?そいつは何者だ?」

店の女 「お豊ちゃんはね、あんなろくでなしの連中にも親切に炊き出しまでしてあげてね、あの連中からは信頼されてるのよ。」

新之助 「その"お豊"と申す者は何処に行けば会えるのだ?」

店の女 「あんた、いい人そうだから教えてあげる!目を見れば分かるのよ。」

新之助 「頼む!悪いようにはせん!」

店の女 「…目の前に居るわよ!」

新之助 「ん!?何処だ?女はどこにも居らんぞ?」

店の女 「だ~か~ら、目の前に居るでしよ!」

新之助 「えっ!?まさか、お主かぁ?」

お豊 「そうよ、私よ!」

新之助 「そうならそうと、初めから教えてくれよ~」

お豊 「フフッ!お武家様がどんな人か試したのよ。悪い人じゃないわね。それより、あの人たちに用事って…まさか何か悪さして捕まえにきたの?」

新之助 「そうではない。浪人たちをたぶらかして悪事を働く者が居るやもしれんという話を聞いてきたのだ。ここに来れば、何か分かるかと思って来たのだ。」

お豊 「悪事を働く者・・・?」

新之助 「何かあいつらから聞いてはおらぬか?」

お豊 「そういえば、もうだいぶ前の事なんだけどね、あんたみたいなお武家さんの格好をした奴が来てたわね。そしたら、何人かを連れ出して何処かに行こうとしてたから声を掛けたのよ。」

【 お豊 「あら、何処へ行くんだい?」】

【 浪人 「戦じゃ、戦!」】

【 お豊 「また喧嘩だね!およしよ!」】

【浪人 「これからは俺らの時代だっ!」】

お豊 「町の外の方へ向かって行ったから、私、てっきり喧嘩でもするのかと思ったのよ。いつもの事だから気にしてなかったけどね。今思えば、いつもとは少し雰囲気が違ったかもしれないわ。」

新之助 「その武家の格好した奴の顔は見たのか?」

お豊 「見たわよ。まだ若侍って感じかしらね。」

新之助 「他に特長はなかったか?」

お豊 「え~と、もしかしたらあの人、本当は左利きなんじゃないかしら?腕を組んで歩いていたんだけどね、左腕が上側だったの!」

武士は本来、左腰に刀を差すのが習わし。左利き場合は右腰に刀を差したいところだが、すれ違った際に鞘同士がぶつかってしまうのは無礼として右側に刀を差す事は御法度とされている。(※昔の日本は、道や廊下などは左側を歩く風習であった為etc.)

新之助 「なにっ!?それはまことか?」

お豊 「まぁ絶対とは言い切れないけど…」

新之助 (やはりそうか…あの時、お菊も同じ事を言っていた。気になる事があるとな…それは"左利き"…これは偶然ではないぞ!)

お豊 「でも、それきりその人はここへは現れてないわね。」

新之助 「ありがとう。もしまたそいつが現れたら急いで教えてくれ!俺は江戸城で警護役をしている三田新之助だ。」

お豊 「えっ、お城の警護役~!?これまでの御無礼、申し訳ございません!何卒、無礼打ちだけは勘弁して下さいませっ!」

新之助 「おいおいお豊…俺がそんな男に見えるのか?安心せい、そんな事はしないぞ!」

菊姫の気になる事と、酒屋のお豊からの情報が一致した事により、新之助の次なる目標は左利きであろう剣客を突き止める事となったのであった。


第三章 ~探索~
終わり