第三章 ~探索~

数日が過ぎ、菊姫も新之助も何ら進展は見られなかった。第四の犠牲者が出る前に犯人を捕まえたい気持ちに焦りが出始めたのも確かだった。特に新之助は城の警備と犯人探索の両立に多忙を極めていた。
この日、番方衆(番方→警備をする人間)は新之助の指示により道場へと集められていた。

新之助 「本日、上様はご公務のため外出される。我々、番方上役衆は上様の警護のため同行する。留守の間はお前たちが城を守らなくてはならん!怪しい者や見掛けない者がいたら、構わず引っ捕らえよ!よいかっ!」

番方衆 『御意っ!』

そして新之助は複数の警護役を引き連れ、上様と共に城を出たのであった。ここ数日間に続いた不穏な出来事もあり、道中の警護にはより一層の心機を張り巡らせていた。そして、半日ほどの公務警護を終え、これといった不祥事も起きなく無事に城へと帰る事が出来た。警護に当たった者は、やっと気を落ち着かせ安堵する事が出来たのだ。その張り詰めた緊張感から解放された者の中には、床へ倒れ込んでしまう者もいたほどだった。同じように、新之助も大役からの解放に少し気が楽に感じていたが、城へと戻ったばかりで犯人探索のため、ゆっくりとはしていられなかった。
新之助が番方の部屋に行くと、そこには誰の姿もなかった。道場にて稽古に励んでいるのかと思い、早々に着替えて今度は道場へと出向いた。

新之助 「ん!?やけに静かだな…誰も居らんのか?」

新之助が道場の戸を開けると、そこはまさに地獄絵図の光景が広がっていた。城の警備に当たらせていた数十名の警護役が無惨に殺されていたのだった。

新之助 「こ…これは!?おいっ!大丈夫かっ?生きている者は居らんのかっ!おいっ!」

警護下役 「どうされましたか?…うあぁ!」

新之助 「早く人を集めてこい!まだ生きている者が居るかもしれん。」

警護下役 「は、はいっ!」

新之助 「どういう事なのだ…。いったいこの城内で何が起きているというのだ!」

清一郎 「お呼びですか、新之助様!うわっ!皆が死んでる!な、なんですかこれは?」

新之助 「分からん。俺が帰ってきた時にはすでにこの有り様だ。清一郎、何か気付かなかったのか?」

清一郎 「私はさきほどまで、城門警護をしておりましたが、怪しい者は通過しておりません。丁度、交代の刻限となりました所、他の者から道場に来るようにと報告を受けたので駆け付けてまいりましたが、その間も特に怪しい者は居りませんでした。」

新之助 「そうか…。まだ生きている者が居るかもしれん。医者を呼んで参れ。」

清一郎 「承知しました!」

今回の不祥事については上様の耳にも入り、警備の強化と早急な警護役の増員を言い渡された。また城内では、これまでの不祥事は警護役の落ち度として家臣の間に噂が広まり、新之助の立場をより一層不信に感じる者まで出てきたのであった・・・。
一方、城内を探索している菊姫は、幕府に対し不満や不信を抱く者は居ないか、どんな些細な噂話であっても逃さず調べ進めていた。しかし、家臣や女中、さらには大奥とまで調べを進めてきたが、やはり手応えのある情報は掴めなかった。
今日も半ば諦めかけていた時、長い廊下の先に男の姿が目に止まった。その男は、突き当たりの廊下を左へと曲がった。その先は物置部屋へと続いており、普段は誰も近寄らない場所であった。

菊姫 「あいつ、何か怪しい!後を付けてみる価値はあるわね!」

忍び足でその男の行方を追った菊姫は、部屋の前まで辿り着いた。男の姿は見当たらなく、物置部屋に入ったのだと、そっと襖を開けて覗いてみたのだった。薄暗い部屋は埃臭く、人の気配はまったく感じられなかった。

菊姫 「あれ?男がいない。絶対にこの部屋に入ったはずなのに…。」

薄明かりを頼りに、ゆっくりと部屋の中を探し始めた。先ほどの男の気配すら感じない部屋に、菊姫は幽霊でも見てしまったのかと、不気味さを感じられずにはいられなかった。そして、部屋の一番奥へと進んだ時であった。

菊姫 「きゃーっ!!」

菊姫の目の前に甲冑姿の男が構えていたのだ。腰を抜かした菊姫は、あまりの恐ろしさにこれ以上の声は出せず震え上がっていた。少しずつ後退りし、甲冑の男から逃げようとしたのだが、どうやら様子がおかしい事に気付いた。甲冑の男は、菊姫を見ても微動だにしないのである。恐る恐る立ち上がり甲冑の男を覗き込んでみると、それは今は使われていない古びた甲冑が置かれていただけであった。

菊姫 「んもーっ!脅かさないでよっ!」

安心した菊姫は着物の埃を払い落とし、部屋を後にしようと振り返った。すると、菊姫の首もとに冷たく殺気を帯びた刃が突き付けられたのだ。薄暗く顔こそ見えなかったが、その刀の先には先ほどこの部屋に入ったと思われる男が立っていた。

菊姫 「はっ…!あなたは…いったい…誰なの?」

男 「お前…菊姫か?」

菊姫 「ええ、そうよ。あなたなんでしょ?これまでの殺人は?」

男 「ふっ…だとしたらどうする?」

菊姫 「もうこんな事はやめて!幕府に恨みがあるのっ?それとも私の命を狙っているのっ?」

男 「・・・両方だ!」

菊姫 「あなたに何をしたって言うのよ!」

男 「・・・俺から全てを奪った!」

菊姫 「全て…どういう意味よ?」

男 「そのうち分かるさ…。これからたっぷりと教えてやる!だが、まだお前を殺るには早すぎる…。あいつが出てくるまではな。」

菊姫 「あいつ?誰の事よ?」

男 「だが、いい所にお前が現れてくれたよ。誘き出すには都合がいい!」

菊姫 「えっ!?何するのよ!やめてーっ!」

『バサッ!』

男は菊姫の黒髪を持っていた刀でバッサリと切ったのだ。

男 「これであいつも黙っていられんだろう!はぁっはっはっは!」

男は嘲笑いながら菊姫の前から姿を消していった。命は助かったものの、菊姫の長く美しい髪は無惨に切られ、床の上に撒き捨てられていた。女の命とも例えられる髪を切られた菊姫は、悔しさと悲しみからその場で泣き崩れてしまった…。
しばらくし、異変に気付いた水織が菊姫を探しに物置部屋に入ってきた。

水織 「菊姫様っ!?菊姫様、ご無事でしたか!?あっ…これは…あの乱心者の仕業ですね?なんて酷い事を…」

菊姫 「大丈夫よ水織…私はこんな事くらいでは負けないわ!」

水織 「でも…、酷すぎる!」

菊姫 「それより、新之助を私の部屋まで来るように伝えてちょうだい。」

菊姫は部屋へ戻り、新之助の到着を待った。結えなくなった髪は、御高祖頭巾(おこそずきん→防寒用の頭巾)で覆い隠した。

新之助 「お菊殿っ!水織から話は聞いたぞ!そやつの顔は見たのか?」

菊姫 「いえ、暗くてはっきりとは見えませんでした…」

新之助 「ちくしょう、見つけ出して叩き斬ってやる!他に何か手掛かりは無かったのか?」

菊姫 「私や幕府に全てを奪われたと言っていました。」

新之助 「それが恨みなのか…?」

菊姫 「それに…」

新之助 「それに?」

菊姫 「あいつを誘き出すとも…」

新之助 「あいつ!?」

菊姫 「ええ。あいつとは誰だと思う?」

新之助 「…う~ん?誘き出すって事は、普段はここには居ないって事か?それとも隠れて暮らしている?どういう事だ!?」

菊姫 「ここには居ないが、私や幕府に関係する者・・・あっっ!?」

菊姫・新之助 『せいきち!!』

新之助 「せいきちの事を知ってる者は限られているぞ。まさか、以前に戦った大上歳善の手下で生かした者が居たが…奴らのうちの誰か?だとしても、あれから五年の歳月になる。今更、恨みを晴らすのか?それに奴らだとしたら、城内を彷徨いていたら面が割れているから気付くはずだ。」

菊姫 「それと、一つ気になった事があって…」

新之助 「気になる事?それは?」

菊姫 「うん、それは・・・」

新之助 「あぁ、分かった…覚えておこう!」

菊姫から聞いた手掛かりを元に、新之助は片っ端から新たな情報を探し始めた。

つづく