殺された姫君は、これといって人から恨まれるような人柄ではなく、むしろ、温厚で明るい性格であったという。真相は闇へと落ちていった。
しかし、この茶会が行われるようになったのは、菊姫を元気付ける為の上様による心遣い。責任を感じた菊姫は何としても真相を暴きたかった。
翌日、菊姫は水織に参加者帳簿を用意させた。参加者の中に聞き覚えのない人物はいないか、また、水織と家臣には、不審な人物を目撃しなかったか調査を始めさた。だが、有力な手掛かりに繋がる証拠は見付けだせなかった。

菊姫 (あの姫君が舞を披露する前は何をしていたのだろう…。もう一度、父親に聞く必要があるわね。)

菊姫は水織を呼び、至急、父親の大名「日野勝守」を登城させるよう指示を出した。

日野 「只今、日野勝守、参上仕りました。」

菊姫 「勝守殿。娘君を失ったばかりで心苦しい中、呼び出して申し訳ありません。ただ、私はあの死が不自然で気になって仕方がないのです。どうか、あの日の事をもう一度お聞かせ願えないでしょうか?」

日野 「菊姫様からお気遣いの言葉を頂けるとは、この上ない有り難き幸せ。娘も喜んでいる事でございましょう。娘の死は、私も腑に落ちない限りにございます。私が言うのも可笑しな話ですが、娘は姫君にしては質素倹約でありまして、決して遊びも贅沢もせず、家臣や女中にも分け隔てなく親しまれておりました。そんな娘が他人から恨まれるような事をするとは到底思えないのでございます。」

菊姫 「そうでしたか…。その日、何か変わった様子はなかったのですか?」

日野 「いえ…特別変わった事はありませんでした。菊姫様に舞を披露するのだと意気込んでおりましたが、緊張のせいか朝から何も食べずに茶会に挑んでおりました。」

菊姫 「分かりました…。何か思い出した事があったら、また知らせて下さい。」

結局、死に繋がる手掛かりは掴めなかった。菊姫は水織を連れ、茶会の開かれた庭園に出向いた。あの日の事を思い出し、何か見落としている事がなかったかを考えていた。そして、一つの違和感に辿り着いたのだ。

菊姫 「ねぇ水織?あの亡くなられた姫君には毒針や毒矢のような外傷はなかったのよね?ということは、やはり毒は口から入った以外には考えられないわよね。」

水織 「はい。傷などは無かったと先生はおっしゃっていました。」

菊姫 「でも姫君は、緊張のあまり食事は摂っていないと父親から聞いているわ。もし後から効いてくる毒を以前に口にしたとして、茶会の席で、ましてや舞を踊っている時にその毒が効くなんて…都合良すぎないかしら?」

水織 「確かに変ですね…。他に方法はいくらでもあるのに、何故時間を掛けて毒殺したのでしょう?それが菊姫様の見ている前でなんて無礼にも程があります。」

菊姫 「…私の見ている…前で…」

水織 「どうかされたのですか?」

菊姫 「この殺しは、私に見せる為だったのではないかしら?」

水織 「どういう事ですか?」

菊姫 「あの姫君には殺されるような恨みも何もないのに、何故か殺された。しかも私の前で…。毒殺という手の込んだ殺し方よ。これは、私か幕府に対する"挑発"や"挑戦"だったとしたら…私の前で殺した理由が分かるわ。」

水織 「でも、どうやって菊姫様が見ている時を狙えたのでしょう?毒の調合である程度の時間を見計ったとしても、菊姫様へ舞を披露する時間まで分かり得る事など出来ませんよ。」

菊姫 「そうね…偶然過ぎるわね…ん?ちょっと待って!あの時の桜の舞!あれだわ!あの桜だわ!」

水織 「えっ!?桜がどうしたのです?」

菊姫 「あの桜が毒だったのよ!」

水織 「えーっ!?」

菊姫 「よく思い出して。あの桜の舞の途中で、持っていた桜を口にくわえる時があったの。桜の枝の所に毒を塗っておいたら、自然と口に入るじゃない!あの桜はどこにあるの?」

水織 「きっと持ち帰られたのでは…」

菊姫 「水織、急いで桜を持ってきてちょうだい!先生に調べてもらうわ。」

急いで水織は日野勝守の屋敷へと向かった。そして、舞に使ったという桜の飾りを預かってきたのだった。そしてその桜の飾り物を御用医の先生へと手渡し、枝の部分にまだ毒物が残っていないかを調べてもらったのである。
菊姫の予想は的中し、微量の毒物が見付かったという知らせが届いたのは数日後の事だった。そして次の問題は、殺しの目的である。日野勝守の娘に対する恨みなのか、それとも幕府や菊姫に対する挑発なのか、決定的な証拠が何もなかった…。
それからさらに数日後、城内に悲鳴が響き渡った。大広間にて、欄間から吊り下げられた縄に首括って女中が亡くなっていたのが発見されたのだ。その一報に菊姫と水織も慌てて駆け付けた。

菊姫 「何故こんなことに…」

水織 「椿様…そんな…」

菊姫 「水織はこの方を知っているの?」

水織 「はい。奥女中をされている椿様です。身分に関係なく皆に大変お優しい方でございます。私のような下女中にも笑顔で挨拶して下さいました。なんで自害など…」

菊姫 「何か悩んでいる様子はなかったの?」

水織 「いえ、特別そのような様子はございませんでしたが…」

しばらくすると、数人の城内警護役の家臣が現れた。ただちに吊るされた亡骸を下ろす作業に取り掛かった。慎重に下ろそうとするが、大広間の欄間は高い位置にあり、家臣たちも手こずりながらの作業であった。

家臣 「届かんぞ!もっと高い踏み台は無いのかっ?」

家来「はっ!ただちにご用意致します故、少々お待ち下さい!」

縄を切ればそれで済むのだが、ご遺体を粗末に扱う訳にもいかない。家臣は高い踏み台を用意し、丁寧に畳上へと下ろした。そしてその一部始終を見ていた菊姫は違和感が過った。

菊姫 「ねえ…、おかしくない?この椿と申す者は自害なの?」

水織 「誰も椿様の様子を見ていた者はございませんので、一人首を吊っていた事から自害なのかと思いますが…」

菊姫 「では、どうやってあそこに首を吊ったのかしら?私たちがこの部屋に来た時、踏み台らしき物はなかったわ。それに、家臣たちも、高い踏み台がないと届かないって言ってたじゃない。そんな高い踏み台はなかなか無いわよ。踏み台も無しに、一人で自害はできないわ!」

水織 「確かに…。では?」

菊姫 「これは自害なんかじゃない!誰かに殺されたのではないかしら?」

菊姫の予感が正しければ誰かに殺され吊るされたという事になる。そして、その思惑通りに、殺された女中の裾からは一枚の紙切れが出てきたのだ。

【我が恨み幕開けとなろう】


第一章 ~幕開け~
終わり

 

二章につづく