お婆ちゃん 「私も、私のお祖母から聞いた話しだけどね、何やらこの簪はご先祖様から代々受け継がれてきた大切な簪らしいの。時は江戸時代までさかのぼる事なんだけどね・・・」

~寛永××年~

水織 「菊姫様~!菊姫様~!もう、どこへ行ってしまったのかしら…」

新之助 「どうしたのだ水織殿!?」

水織 「これからお茶会だというのに、姿が見えないのでございます。」

新之助 「困った姫様だ…。きっといつもの庭園に居られるのだろう。」

水織 「…また池を眺めておられるのでしょうか?」

新之助 「…こんな事は言いたくないが、せいきちが居なくなってからというもの、池の畔で思いふける事が多くなってしまった。やはり、未だに、せいきちの事が忘れられないのであろう。」

水織 「本当にせいきち様の事を愛されていたのですね…」

新之助 「この幕府を救った英雄であり、菊姫の命の恩人でもあるからな。」

水織 「…私、庭園を探してきます!」

せいきちが現代へと戻ってから五年程が過ぎた江戸の世では、平穏に暮らす菊姫、新之助、水織が江戸城内で生活を送っていた。しかし、菊姫は五年の歳月が過ぎ去った今でも、どこか悲しげな"心ここに有らず"といった様子であった。もちろん、二代目将軍秀忠も、そんな菊姫の気持ちを案じておられ、心和ませる催しを用意し施したが、その場限りの策となり、菊姫の心を晴れやかにする事は出来なかった。
菊姫は、水面に映る自分の姿を見ては、簪を手に取り、深いため息を付いていたのであった。

水織 「菊姫様!こちらに居られたのですか。そろそろお茶会の刻限となりますので、お戻り下さいませ。」

菊姫 「ごめんなさい、水織…。今、行きます。」

水織 「…また、せいきち様の事を思い出されていたのですか?」

菊姫 「…ええ。突然現れ、そして、突然消えてしまった…夢のようなお人でした。」

水織 「仕方ありませんよ。せいきち様は未来から来られた方。時が経って、また元の世界へと戻られてしまったのです。」

菊姫 「分かっているのですが…」

水織 「新之助様も心配されております。お戻りになりましょう。」

菊姫 「そうね!また、新之助に叱られてしまうわ!それはそうと、二人の祝言は決まったの?」

水織 「…私と新之助様では身分に違いがございますから。確かに、御側御用人をされている時から、今は警護役へとなりましたが、なかなか周りの方からお許しが出なくて…やっぱり、身を引いた方がいいかと…」

菊姫 「駄目よ!身分なんて関係ないのよ。愛し合う二人が良ければそれでいいの!新之助も自分から役職を願い下げしのだから、周りの人の意見なんて関係ないのよ。絶対に二人には幸せになってほしいの。」

水織 「ありがとうございます。菊姫様にそう言って頂けるだけで幸せにございます。」

そして二人は急いでお茶会へと向かったのであった。定期的に行われていたお茶会には、各大名やその御息女など、豪勢な顔ぶれが集まる催し事となっていた。各姫君は、豪華な召し物を着込み、華やかな簪を纏い、我こそが一番の美しさであると、したたかに競い合う場ともなっていた。表向きにはしなやかな笑顔を装い、腹の中では貪欲な感情が貪っていたのである。そんな偽装された建前に、菊姫はうんざりしていたのであった。

菊姫 (早く終わらないかなぁ…)

お茶会も中盤ともなると、すでに菊姫はこの茶番に飽き飽きし、早く終わる事だけを願っていた。
すると、とある大名の姫君が、是非とも菊姫様に見て頂きたいと、舞を披露し始めたのだ。それは桜の舞。両手に桜に模した飾りを持ち、華麗に舞う姿に菊姫も心を奪われるように見入っている。しかし少しずつ舞の動きがおかしくなってきたのだ。そして、とうとうその場に倒れてしまったのである。悲鳴が飛び交う中、その倒れた姫君の父親が駆け付け抱き上げると、口からは泡を吹き、すでに息はしていなかった。

父親 「誰かーっ!医者だ!医者を呼んでくれっ!」

すぐさま、江戸城御用医が駆け付け、治療や蘇生を試みたが、すでに息を引き取り、帰らぬ人となってしまった。

御用医 「これは、毒による症状に酷似しております。まさかとは思いますが、このお茶会にて誰かに毒を盛られたのではないかと…」

菊姫 「まさかっ!?先程まで何ともなかったではありませんか?それに、この中にそのようなおぞましい事をする者はおりません。何かの間違いではありませんか。」

御用医 「毒にも色々な物がありまして、即効性の物や少し時間をおいてから効いてくる物もございます。一概には言えませぬが、これは毒によるものだと…」

菊姫 「いったい誰がこんな事を…」

急遽、お茶会は取り止めとなり、参加者への聞き込みなどが行われたが、参加者は身分ある故に詳細な審議は行われなかった。

菊姫 「茶会には部外者が簡単に入る事はできないはず…。ならば、この参加者の中に毒を盛った犯人がいるのでは…。」

殺された姫君は、これといって人から恨まれるような人柄ではなく、むしろ、温厚で明るい性格であったという。真相は闇へと落ちていった。
しかし、この茶会が行われるようになったのは、菊姫を元気付ける為の上様による心遣い。責任を感じた菊姫は何としても真相を暴きたかった。

つづく