せいきち 「はぁはぁはぁ…。俺は…俺はこの時代に生きる者じゃねぇ。武士とか忠誠心とか言われたってちっともピンとこねぇよ。でもな、目の前で人を傷付けたり騙したりするのは黙って見てらんねぇんだよ!」

大上 「ちっ!利いた風な口を聞くな…。この世は使う者と使われる者しかないのだっ!」

せいきち 「…、確かにお前の言っている事も一理ある。俺も毎日上司の顔色を伺いながら仕事をして、客の機嫌を取りながら何度も頭を下げて交渉して…だけど、何の罪もない人を傷付けていいという理由にはならないんだよ!人間は皆平等であって、争いのない平和な暮らしを望んでいる。家康公は、そういう泰平の世を望んでいたのではないか?天下人とは、庶民の暮らしを守る義務があるのではないか?少なくとも、俺は国の頂点に立つ者はそうであってもらいたい。過去の過ちを引きずって生きるより、前を向いて新しい明るい未来を目指してはどうなんだ?」

大上 「もう後には引けんのだよ。武士が一度刃を向けた以上、残るは生きるか死ぬか…。」

せいきち 「まだ分からないのか!?今ならまだやり直せる!それだけの主君に対する思いがあるなら、その力を泰平の世に尽力してくれないか?」

大上 「残念だがそれはできん…。儂も歳を取った。こんな事もあろうかと次の策も講じておる。」

せいきち 「えっ?」

大上 「おいっ!連れてこい!」

大上の合図とともに、奥の襖が開いた。すると家来に連れられて奥から出てきたのは、縄で縛られ口を塞がれたお菊殿と水織だった。

大上 「口を解いてやれ。」

お菊 「せいきちさんっ!」

せいきち 「お菊殿っ!水織殿っ!大丈夫かっ!?」

大上 「形勢逆転っと言ったところかな?」

せいきち 「貴様ぁ、どこまでも汚い手を…」

大上 「よいか、戦いとは力だけではないのだ。勝つための策とはこのように講じるものなのだよ。」

せいきち 「二人は関係ないだろ!離すんだ!」

大上 「よかろう・・・。水織を離してやれ。」

家来 「ははっ!」

すると、水織だけの縄はほどかれ解放された。しかし次の瞬間・・・!

『ズバッ!!』

せいきち 「水織殿ぉぉぉっ!」

お菊 「いやぁぁぁ!」

せいきち 「貴様ぁぁ、なんて事を…」

大上 「おっと、動くではない。まだこちらにはもう一人の小娘がいるのを忘れるな。」

せいきち 「くっ・・・」

大上 「菊姫は儂らが預かっておく。返してほしくば、軍配とともに我らの城へと来るがよい。まぁ、来れればの話しだかな!」

そう言い残すと、煙幕とともにお菊殿は大上に連れられ姿を消してしまったのだった。俺は急いで水織と新之助を助けるため医者を呼んだ。新之助は意識はあるものの、かなりの傷を負っている。水織は俺の呼び掛けに答える事もなく瀕死の状態だ。

せいきち (頼む…、二人とも助かってくれ…)

俺はこれからどう動くべきかを考えていた。大上の言う"城"とはどこにあるのか?今のままで果たして大上に勝てるのか?お菊殿を助けなくてはならない使命感と惰弱な自分の狭間に気持ちが揺れ動き定まる事ができずにいた。
ふと、先ほどまで二人が囚われていた襖の奥から人の気配を感じる。恐る恐る近付いてみると、薄暗がりの中から縛られた将軍秀忠を発見したのだ。すぐに縄をほどき、安否を確認したが体調には問題なそうだった。

せいきち 「大丈夫ですか?上様!」

秀忠 「あぁ、すまんなせいきち。まさか大上が裏切り者とは油断しておった。して、菊姫と水織は大丈夫なのか?」

せいきち 「…、水織は斬られ瀕死の状態でございます。菊姫様は…、大上に囚われてしまいました。申し訳けございません。」

秀忠 「うぅ、そうであったか。大上の要求は、やはり幕府奪還であろう…」

せいきち 「…、いえ、それだけではなさそうです。幕府奪還が目的であれば、上様の命をすでに奪っているはず。しかし、大上は吉兆の軍配とともに城へ来いと言っておりました。私が思うに、大上も元は武士。再度、戦場(いくさば)にて決着を付けたいのではないかと思います。天下分け目の…あの戦いを!」

秀忠 「何故そんな回りくどい事を?」

せいきち 「大上は言っておりました。主君に対する"忠誠心"だと。主君が果たせなかった天下取りを、大上は代わりに果たしたいのではないでしょうか?しかし、大上の言う"城"とはいったい何処にあるのでしょうか…。」

秀忠 「そこまで徳川家を恨んでいたのか…。あい分かった。奴らの居場所はこちらで探索し必ずや居場所を突き止める。せいきち、もう一度、徳川家に力を貸してくれまいか?」

せいきち 「今の私に菊姫様や幕府を救えるのでしょうか…?」

秀忠 「お主でなければならないのだ!今は新之助とともに傷を癒し、また余に力を貸してほしいのだ!」

せいきち 「分かりました。」

俺たち三人は、一旦城から出て幕府が運営する養生所(病院)へと入った。新之助の傷も処置が早かったのもあり、着実に回復へと向かっていたが、水織殿の傷は想像以上に深く、予断を許さない状態が続いていた。

数日後・・・

新之助 「せいきち!まだ上様からの連絡はないのか?本当に大上の居場所は突き止められるのであろうか?早くしないと菊姫様のお命も危ぶまれるぞ。」

せいきち 「今は連絡が来るのを待つしか他にないんだ。俺たちだけでは、到底大上の居場所なんて見付けられないのだろう…。それに、今の俺たちの力で城に乗り込んだとしても勝てるかどうか…。いくら元は武士とは言え、老体である大上にあそこまで悪戦苦闘したんだぞ!?奴らの本陣にはもっと腕の立つ敵がいるかもしれない。」

新之助 「そうだな・・・。ならば良い考えがあるぞ!せいきちも俺も神道一刀流の使い手なのだ。師匠に稽古を付けてもらうではないか!」

せいきち 「確かに!ここで自己流の鍛練をしているよりは何か学べるかもしれないな。」

新之助 「そうと決まれば善は急げだ!」

こうして、俺と新之助は新たな戦いに備え、互いに神道一刀流のさらなる修行に向かうのであった。


せいきち (水織殿…必ずや強くなってお菊殿を救いだしてくるからな。だから、死なないでくれっ!)

 

~第二章~ 吉兆の軍配

終わり