倉庫、調理場、女中部屋、庭、どこを探しても見当たらない。残すは本丸内のみとなった。さすがに本丸内部ともなると勝手には歩き回る事が出来ない。そこで、大上様の力に頼るしか方法はなかった。家老と言えども、俺のような素浪人を一人歩きはさせられず、同伴する条件で本丸内の出入りを許可されたのだった。一つ一つの部屋を見回り、廊下の隅々までひたすらに探し始めた。あまりの広さに悪戦苦闘し、正直、疲れを感じ始めていた。

大上「せいきち。今日の所はこの辺で終いにしたらどうじゃ?期限は明日もう一日ある。また明日、出直してくるのが良かろう。」

せいきち「いえ、俺は早く軍配を見付けなくてはなりません。菊姫様を…いえ、お菊殿を一日も早く陽の当たる場所へ返したいのです!」

大上「気持ちは分かる。が、お主が潰れてしまっては元も子もないではないのか?今日の所はゆっくり休なさい。頭を休めたら何か手立てが思い付くかもしれんぞ!」

せいきち「…分かりました。新之助の容態も気になりますし、今日の所はこれで失礼します。」

焦りを感じている俺に、きっと大上様は気付いていたのであろう。俺は一旦、新之助の部屋に戻る事にした。
新之助は横になり眠っていた。世話役が看病していたようだが、念のため医者にも診せて命に別状はないと言われたようだ。

せいきち「後は俺が付いているので大丈夫ですよ。」

そう言うと、世話役は部屋を出ていった。一息ついた俺は新之助の横に座り込むと、これまでの疲れが急に襲ってきた。ウトウトしながらも、軍配がどこにあるのか、あの時、新之助の部屋で感じた違和感がいったい何だったのかと考えているうちに、いつの間にか俺は眠りに落ちていたのだった。
翌朝、俺が目を覚ますと、すでに新之助の姿がなかった。まだ傷も癒えぬ身体でどこに行ったのだろうか。俺は部屋を飛び出し新之助の行方を追った。あちこちと探し回り、やっと見付けたのは裏庭の茂みの中だった。

せいきち「新之助ーっ!こんな所で何をしているんだ?」

新之助「おーっ、せいきちかぁ。いやぁ、一晩寝たら、ホラこの通り、元気になりもうしたぞ!居ても立っても居られずに、軍配を探していたのだ。」

せいきち「おいおい、無茶するなよ。まだ完全に傷が癒えた訳ではないのだから。それに・・・そこは昨日、俺が探したよ!」

新之助「本当かっ!先に言ってくれよ!とんだ骨折り損ではないか!」

せいきち「俺、今来たばかりだよ!」

新之助「そうだったな!」

せいきち 新之助『あはっはっはっ!』

せいきち「しかし、あまり悠長な事もしてらないぞ。今日中に軍配を見付け出さないと、いくら濡れ衣とは言えお菊殿に何かしらの沙汰が下ってしまう。残りは本丸の捜索のみだ!」

新之助「本丸って…、本気で言っているのか?あそこには上様を筆頭に大上様を含むお偉いさんしかいないぞ。そんな奴等がわざわざ城の宝を盗むのか?そんな物無くてもいつも左団扇じゃないか!」

大上「儂はいつも左団扇なのか、新之助?」

新之助「おっ、大上様っ!?い…いえ滅相もございませんっ!」

せいきち「いつの間にこちらに要らしたのですか?」

大上「お主の所へ行こうとしたら、裏庭の方へ走って行くのを見掛けてな、追い掛けてきたのだ。すまんのぉ、盗み聞きするつもりはなかったのだか、つい陰口が気になってのぉ…新之助。」

新之助「もっ、申し訳ありません。そんなつもりで言った訳ではないのです。どうかお許し下さいっ!」

大上「さて、どうしたものか…打ち首、張り付け、市中引き回しなどもあったかなのぉ。」

新之助「ひぃぃ、申し訳ありません!もう二度とこんな事は言いません!」

せいきち「もう大上様、新之助も十分反省しています。もうからかうのはお止め下さい。」

大上「はっはっは!せいきちには見破られていたか!儂はそんな事くらいでは腹を立てたりはせんよ。」

せいきち「そうだと思いましたよ。大上様の目を見ていたら分かります。助かったな、新之助!」

新之助「家老も人が悪いですぞ…」

大上「それより、せいきち。軍配探しをするのも今日までじゃ。残りの捜索をするのであろう?それには儂が居ないとだろう。早いとこ残りの捜索に行こうではないか。」

せいきち「はい。お願い致します。新之助にも、反省としてきっちり働いてもらいますよ!」

三人は残す場所の捜索のため、本丸内へと向かった。しかし、本丸内は勝手に部屋へと入る訳に行かず難航を期した。その中でも一番の問題は"大奥の間"である。男子禁制の部屋につき、一歩たりとも入る事が許されないのだ。大奥と言えば"奥女中"の集まり。現代で言う株式会社江戸幕府の『社長秘書』とでも言うべきか。かなり手強い集団とも言える。下手に機嫌を損ねさせれば、江戸追放どころか命の保証もない。そんな奥女中を疑い捜索に協力してほしいなんて言えるはずもない…。

大上「ここから先は、儂にも容易に立ち入る事は出来んぞ。例え上様の許可が降りたとしても、女中の反感を買い、たちまち捜索は打ち切りとなるであろう。どうする、せいきちよ?」

せいきち「困ったものですね。女中様の中に犯人がいるとは思えませんが、残すは上様の正室(御台所)と大奥の間しかありません。やはり、部外者か何者かに横取りされ、すでに城外へと持ち出された可能性も否定できませんね。」

大上「となると、今日中に軍配を見付ける事はもはや不可能となるな。」

せいきち「…えぇ…」

『ここで何をしているのですかっ?』

大上「これは和久様。大変失礼を致しました。和久様もご存知かと思われますが、我々はあの軍配の件にて捜索をしております。城内を探しているうちに、思わずこちらの大奥の間まで来てしまいまして。お邪魔をしてかたじけのうございます。」

和久「軍配事なら話しは聞いています。しかし、犯人は菊姫様であったと聞いておるが?」

大上「はい。確かに菊姫様は宝物庫には行かれたようなのですが、軍配は盗んでいない事が判明しました。しかしながら、軍配の行方がまだ…見付からないのです。」

和久「菊姫様は犯人でなく、では誰が持ち去ったというのじゃ?」

大上「それを今、ここにいるせいきちと警護役の三田新之助と捜索している所でございます。」

和久「菊姫様は犯人ではない…、しかし軍配は見付からない…、まさかこの女中の中に犯人がいるかもしれないとでも言うのか!?」

大上「いえ、そうとは言っておりません。ただ、あちこちと探しいるうちに大奥の間まで来てしまったという事です。」

和久「フッ、何だか腑に落ちない答えだ事…。いいでしょう。吉兆の軍配と言えば徳川家の家宝。我々女中もその軍配探しに協力致しましょう。しかし、大奥の間は男子禁制。女中以外で大上様の信頼できる女人を連れて来るが良いでしょう。その女人に部屋を調べてもらいます。勿論、探している間は我々女中は廊下に出ています。それでよろしいですか?」

大上「これは和久様、有り難きお言葉。それではすぐにでも心当たりのある者を連れて参ります。」

大上様の相手を気遣う話し方のお陰で、和久様という女中の怒りに触れる事無く捜索が出来る事となった。しかし、信頼出来る女人とは…誰かそんな人がいるのであろうか…?

大上「せいきち。今すぐ"水織"を連れて参れ。」

せいきち「水織…ですか?分かりました。」

 

つづく