一方、新之助は真犯人と疑われる人物の部屋に忍び込んでいた。盗んでからまだ数日しか経っていないのなら、もしかしたらまだ隠し持っているかもしれないからだ。

新之助 (ちくしょう…軍配はないなぁ。こいつが犯人だと思ったのだが、思い過ごしであったか…)

『誰だっ!』

新之助が探っていた部屋の主に気付かれてしまったのである。

新之助「しまった…!」


それからしばらくすると、宝物庫に現れたのは坂田八雲と数人の家来であった。

八雲「お前が三田の仲間だな!」

せいきち「あぁ、そうだが。」

八雲「お主、三田を操り悪事を働いているな!同罪として牢にぶち込んでやるわ!覚悟いたせ!」

せいきち「分かった…!だがその前に一つ聞きたい事がある。八雲さん、いつその指の怪我をされたのですか?」

八雲「十日程前だ。それを聞いてどうする?」

せいきち「十日前…。丁度、吉兆の軍配が無くなった時期と一緒ですね。」

八雲「だから何だと言うのだ!」

せいきち「これを見て下さい。これは軍配の前に置かれていた漆塗り器です。この器を退かさないと軍配を取る事は出来ません。そしてこの器を退かすには、こうやって両方の手で持ち上げます。すると、器の裏側には四つの指先が、表側の縁の所に親指が触れる事になります。でも、この器の裏側には、七つの指先の後しかないのです!左手の人差し指の部分の指紋だけが足りないのです。これは、左手の人差し指だけが器に直接触れないように持つか、もしくは、人差し指に包帯のような物を巻いている人が持ち上げたのでしょう。こんな大きな器を持ち上げるのに、左手の人差し指だけを使わないなんていう特殊な持ち方をする人はいないはず。つまり、人差し指にだけ包帯を巻いている人がこの器を移動させたという事になります。そして、軍配だけを盗み、そのまま逃走した。私の言いたい事が分かりますか…八雲さん?」

八雲「…くぅ…。指紋だか何だか訳の分からん事を抜かしおって!仕方ない、冥土の土産に教えてやろう。確かに軍配を盗んだのは俺だ!俺はなぁ、やっとの思いで警護役にまでなれたんだ。それが、後からノコノコと現れた三田新之助がいきなり警護役大番頭補佐だと?ふざけおって!菊姫を助けたかは知らんが、二人が城に来たせいで俺の出世が水の泡だ。だから、まずは菊姫に盗みの罪を着せて、その後は三田の部屋に軍配を忍ばせておけば両成敗できるって寸法よ!」

せいきち「一つ合点がいきません。あの厳重に施錠された宝物庫に何故しのびこめたのです?」

八雲「水織だよ!あいつに水織の父親が生前に創案した代物が保管されていると、嘘を滴し込んだのだ。あいつは両親を幼い頃に亡くしていると知っていたのでなぁ。父親の遺品があると知れば、きっと見たくなるはず。すると案の定、水織は菊姫に頼み宝物庫へと向かった。俺は後を付け、二人が見入っている隙に軍配を盗んだって訳だ。」

せいきち「しかし、何故あの軍配だったのだ!他でも良かったのでは?」

八雲「・・・。ええい、うるさい!お前の知った事か!新之助も今頃は軍配と一緒にあの世に行っているだろう!」

せいきち「フッ、新之助はちょっとやそっとじゃくたばらない奴だ!来い、八雲っ!」

八雲「奴を始末するのだ!やれっ!」

数人の家来は俺を始末するため刀を抜いてきた。俺も迷わずソハヤノツルギを抜き、相手の攻撃に反撃に出た。以前の戦いで力を得た俺は新道一刀流を発揮し、数人相手であろうと、難なく斬り倒していった。

八雲「なんなんだ…そんな太刀筋は見た事がないぞ。貴様はいったい何者なんだ!?」

せいきち「俺か?俺は単なるサラリーマンだよ!」

八雲「なんだそれは?ふざけおって!」

せいきち「さあ、最後はお前一人だ。勝負するかっ!」

八雲「俺の如月流を甘く見てんじゃねーぞ!受けてみるがよいっ!」

坂田八雲は"如月流"の使い手であり、その流派は俊敏な動き、太刀の素早さで相手を攻撃するもであった。上下左右からの疾い太刀筋は、まさに疾風の如く俺を襲ってくる。

八雲「おらっ!おらっ!避けるだけで精一杯かぁ!さっきまでの勢いはどうした!俺の刃の前では手出しは出来ぬかっ!」

せいきち (早いな…。このまま防いでいるだけではいつか殺られてしまう…。奴を倒すにはいったい…。)

俺は八雲からの攻撃を躱しながら、必ず反撃できる隙を見出だしていた。速さなら俺の神道一刀流も負けていないはずだが、しかし奴の攻撃が止まらない限りは、俺からの反撃を仕掛ける隙がない。

『ズバッッ!!』

八雲の刃が俺の袖丈を切り裂いた!

八雲「今の一振り、よく躱せたなぁ。だが次はお前の腹を切り裂いてやろう。」

せいきち (はぁはぁはぁ…。危なかった。だが、今、動きの止まった時こそチャンスだ。)

俺は気持ちを静め、目を閉じ、ゆっくりと攻撃の構えに入った。ソハヤノツルギから熱い魂が俺の体の中へと流れ込んでくる。自分の意思とは関係なく、俺は前後に足を開いた状態で中腰になり、まるで弓矢を引くようにソハヤノツルギを構えた。呼吸を整え、八雲の動きを耳で捉えながら、攻撃の瞬間を待った。そして、八雲が柄を強く握り締め、攻撃を仕掛けようとしたその時を俺は逃さなかった!

せいきち 『今だっ!』

床が割れる程の勢いで踏み蹴り八雲に向かって行った。それはまさに弓を弾いた矢のように、一直線に八雲の肩を貫いた!

八雲「ぐわっ!」

構えている状態からの疾風のような突進に、八雲は驚きで微動だできなかった。痛みと焦りで八雲は刀を落とし、息苦しく身体を揺らしていた。額からは汗が溢れ、俺を睨み付けた眼差しは"負け"を覚悟した武士の目であった。

せいきち「もうその腕では刀は握れないだろう。新之助や菊姫に嫉妬するのは思い違いだ。今のお前は、間違いなく武士としての目をしている。武士なら武士らしく、姑息な手を使わず剣術で新之助を超えるべきであったんだ。罪を認め、もう一度、如月流の使い手として立ち直ってくれ…。」

俺は坂田八雲という男を、一人の武士として諭すように訴えかけた。

八雲「いや…まだだっ!俺をこれで倒したなんて思い上がるんじゃねぇぞ!」

八雲はもう一度刀を拾い上げ、俺に刃を向けた。しかし、その刀を持つ手は先程までの力強さはなく、剣戟を振るう武士としは風前の灯火とも言えた。

八雲「…いざっ…尋常にっ!」


『そこまでじゃっ!!』

その声の主は、家老大上歳善であった。

大上「八雲、それまでじゃ!もう勝負はついておる。お前の太刀打ちできる相手ではない事は明白。命を落とす前に力量の違いを見極め敗けを認めるのも武士としての作法と知るが良い。そして、せいきち。この度の働き、ご苦労であった。後の八雲についてはこちらで吟味致すとしよう。」

せいきち「分かりました。私は三田殿の所へ参ります。」

俺は新之助の身が心配になり、急いで新之助の所へ走った。すると、壁にもたれ掛かって、刀を杖代わりにし、かろうじて立っている新之助がいた。多少の怪我をしているようだが、致命的な傷は負っていないようだった。

新之助「へっ!俺とした事がどじを踏んでしまった。八雲が現れたかと思ったら、背後から取っ捕まってしまった。でもよ…隙を見てやり返してやったんだが、このザマだ…。畜生…なさけねーぜ。」

せいきち「遅れてすまなかった。でも、新之助なら必ずやり遂げてくれると信じてたよ。八雲は今頃、大上様の厳罰な処分を受けているだろう。で、軍配はどこに?」

新之助「それが見当たらないのだ。確かに軍配は俺が倒した家来共が持っていたのだが、俺が戦っている間にどこかに消えてしまったのだ。」

せいきち「では、誰かに持ち去られたって事か?」

新之助「分からんが、可能性はある。しかし、あんな物を他に誰が狙っているのか?」

せいきち「いや、八雲との戦いの時、何故、軍配を選び盗んだのかを尋ねた所、あいつは言葉を濁していた。もしかするとまだ他の何か裏があるのではないか?」

新之助「そうかもしれんな。じゃあ俺は大上様の所へ行き、八雲から聞き出してくるとしよう。」

せいきち「何を言うんだ。そんな身体ではまともに動けないぞ。今は少し身体を休めた方がいい。部屋まで肩を貸すから、誰か呼ぶので傷の手当てをしてもらい少し寝ておれ。」

新之助を部屋まで運ぶと世話役を呼び、すぐに手当てをしてもらった。布団に横にさせ部屋を去ろうとした時、俺は妙な違和感を感じていた。だが、今は大上様に軍配がまた行方不明になっている事を伝えなくてはならない。俺はまたすぐに引き返し大上様の元へと急いだ。

せいきち「大上様。軍配の件でございますが・・・」

大上「無いのでのござろう?」

せいきち「ご存知でしたか?」

大上「あぁ。坂田八雲が腹を切り自害した。その時、白状したのだ。"この計画を立てたのは俺ではない"とな。だが、首謀者の名を吐く前に腹を切ったのだ。」

せいきち「そうでしたか…。八雲は切腹を選んだのですね。残念です。では、まだ他に裏で操っていた者がいるという事ですか?」

大上「いかにも。推測だが新之助が戦っている間に、どさくさに紛れ持ち去ったのであろう。八雲を利用し軍配を盗ませ、菊姫や新之助を犯人に仕立て上げる。そして、利用価値の無くなった八雲も、最後には斬り捨てられるまで。真の犯人を炙り出さなくては、また次の被害者が出る事となるであろう。」

 

せいきち「では、その黒幕を突き止めなくてはなりませんね…」

大上「菊姫の疑いは晴れた。しかし、その黒幕を捕まえなくては、また菊姫の命を狙われるかもしれん。申し訳ないが、菊姫にはもうしばらく地下牢に潜んでいてもらおう。もちろん、今度は見張りも付けてな。」

大上様との約束を果たすため、俺はもう一度城内を捜索し始めた。あの戦いの最中に軍配を横取りできるのは、間違いなく城内にいる人間の仕業。隅から隅まで探す覚悟で俺は城内を歩き続けた。

 

つづく