しばらくして、新之助が大上様から許可がおりたと戻ってきた。俺たちはそのまま宝物庫に向かい、早速、部屋を調べる事にした。

せいきち「宝物庫とはどんな物が保管されているんだ?」

新之助「う~ん、俺もよくは分からんが、何やら先祖に纏わる物や珍しい物があると噂で聞いた事があるが、正直、どんな物があるのかまでは知らんのだ。」

せいきち「そうか…。行ってのお楽しみってやつだな!」

八雲「おぉ、そこにおるのは三田殿ではないか!お二人揃って何処に行くのだ?」

新之助「八雲殿ではござらんか。拙者らはこれから宝物庫に調べ物があってな。」

八雲「ふ~ん、例の菊姫様の件ですな?素直に自分の犯した罪を認めれば良いものの。いくら調べた所で、あの部屋に出入りしたのは菊姫様以外にはいないのでござろう。犯人は決まったも同然。無駄足にならなければいいですなぁ。では。」

新之助「・・・。」


せいきち「新之助、今のは?」

新之助「あいつは坂田八雲という、俺と同じく警護役。何かと俺と張り合ってくる嫌な奴だ!新参者の俺が何かと気に食わないのであろう。」

せいきち「そうなのか…。さあ、先を急ごう!」

途中、新之助の同僚という奴に会ったが、見るからに自信過剰な雰囲気が俺にも伝わってきた。
宝物庫に到着すると、そこはさほど広い部屋ではなかった。部屋の周りの壁沿いに、刀やら掛け軸やら絵なども飾られていた。そして部屋の中心には立派な台が置かれ、その上にはいくつかの貴重品が飾られている。どれもこれも、高価な物も言えばそう見えるが、現代人の俺には町で見掛ける"骨董品"のようにしか見えなかった。ただ、これだけの品があるにもか関わらず、何故、吉兆の軍配だけを盗み出したのかが気になった。刀一つにしても、名刀と呼ばれる物なら高値が付くだろう。絵や掛け軸にしても同様だ。

せいきち「新之助。吉兆の軍配とやらは何処に置いてあったのですか?」

新之助「確かこの真ん中の台にあったと聞いておるが。」

せいきち「ここかぁ…。この手前の大きな器は何ですか?」

新之助「漆塗りの器だなぁ。きっと何かの祝い事か貢ぎ物ではないか?」

この黒い艶やかな器も高価そうに見えるが、それには手を着けずに奥にある軍配だけを盗むには何か理由があったのではないかと思い、俺はその漆塗りの器周辺をくまなく調べ始めた。しかし、証拠となるような物は見付からず、結局は振り出しへと戻ってしまった。

せいきち (よく考えろ!目の前の器には目もくれず奥の軍配だけを盗む…。それは何故だ?…ん?待てよ!)

俺はもう一度、漆塗りの大きな器を調べてみた。そして、俺の読みは当たっていたが、問題はここからだった。

せいきち「新之助!頼みがあるのだが、"打ち粉"を借りてきてはくれまいか?」

新之助「打ち粉!?そんな物、何使うのだ?」

せいきち「いや、使えるかどうかはやってみないと分からないが、試してみたいのだ!」

新之助「分かった!待っておれ。すぐに用意する!」

新之助が打ち粉を持ってくるまでの間、俺は何度も器を確認し、もう一つ不自然な点を見付け出した。

新之助「せいきち!持ってきたぞ!こんな時に刀の手入れでも始めるのか?」

せいきち「違うさ。駄目かもしれないが、まあ見ておれ。」

そう言うと俺は器のある部分に打ち粉を軽く振り当てた。すると、僅かではあるが"指紋"が浮かびあがったのだった。

新之助「これはいったい!?」

せいきち「これは指紋と言って、人間の指先にある模様なんです。この時代ではまだ知られていないかもしれないが、俺の時代ではこの指紋が一人一人違う模様だと判明しているのです。」

新之助「おぉ!凄いではないか!では、この指紋と同じ指紋をした奴が犯人という事だな!」

せいきち「たぶん、そうなります。軍配を盗むには、まずこの手前の大きな器を退かさないいけない。器を持ち上げた時に付着たのがこの指紋となります。しかし、問題があります。人間の目では、器の指紋と犯人の指紋を見比べるには限界があります。いくら人それぞれの指紋と言えども、見た目は同じようで判断は付きません…。」

新之助「ではどうやって犯人を探しだすのだ?」

せいきち「まぁ、見てて下さい。」

俺はもう一度、丁寧に打ち粉を数ヶ所に振り当てた。すると、もう一つの不自然な点が明白になったのだ。

せいきち「新之助。軍配が盗まれた日に、指を怪我していた者はいなかったですか?」

新之助「指の怪我…?果たして誰か…。ん!おった!奴だ!」

せいきち「そうです。あの人かもしれません。では、その人を探りましょう。でも、まだ犯人と決まった訳ではありません。見付からないように慎重にです。」

新之助「分かった。ならば俺が一人で行こう。せいきちと一緒では怪しまれるかもしれんからな。せいきちは一先ず家老に報告をしてくれ!」

俺は真犯人らしき人物を特定したが、あえて家老には報告はしなかった。いくら指紋が証拠だとは言え、この時代ではそれを特定する技術がなかったからだ。しかし、もう一つの不自然な点が証拠となれば、きっと犯人も尻尾を出すと睨んでいたからだ。大上様への報告はそれからでも十分である。新之助が探りに行っている間、俺は更なる証拠がないか、宝物庫の中を見回していた。
しばらくするとそこに家老、大上様が現れた。

大上「せいきち殿。何か手掛かりは見付かったのか?」

せいきち「いえ、今の所はまだ何とも言えません。」

大上「そうか…。儂には菊姫様が盗みを働くような人に思えん。きっとこれには何か裏があるようでならんのだ。」

せいきち「裏…ですか?」

大上「あぁ。菊姫様を陥れる策略がな。しかし、犯人が分からん以上、菊姫様を救う手立てがないのじゃ。」

せいきち「今、私と三田殿で真の犯人を探しております。もうしばらくお待ち下さい!」

大上「頼んだぞ、せいきち!」

せいきち「はい!」

つづく