「あれは、新之助じゃないかっ!」

俺が気を失っている間に、新之助殿が応戦に来てくれたのだ!だが、新之助殿も玄武の猛攻に押されている様子だった。攻撃してくる玄武に必死に食らい付き、それでも玄武に向かっていく。その姿から恐らく新之助殿も俺と同じ気持ちで戦っているのだと感じ取れた。

「そうだ…。俺はこんな所でくたばる訳にはいかないんだ。俺は…俺はまだまだくたばっちゃいねーぞーっ!玄武ーっ!!」

「なにっ!?あやつ、死んでいないのかっ!」

「おぉ、せいきち殿!ずいぶんと寝てたみたいだな」

「離れていろ新之助。こいつは俺が…斬るっ!」

「死に損ないが何をほざく!二人ともあの世に送ってやるわっ!」

いつの間にか体の痛みさえ忘れ、目の前の玄武に俺はソハヤノツルギを構えた。

「ん!?…なんだその構えは?気でも狂ったか!」

「行くぞ、玄武!」

俺はもう一度、玄武目掛けて一直線に突っ込んでいった。当然、玄武も刃を盾に俺の斬撃を受け止め弾き返そうと身構えた。だが、俺はその瞬間を待っていた。防御の態勢に入った時は、次の攻撃に移るのに容易ではない。俺は斬り下ろす寸前に持ち手を翻し突きの攻撃を繰り出した。

「な、なに!?」

上段からの斬り掛かりから、瞬時に突きへの攻撃に変える、どこの流派にも見たことがない技、唯一無二の妙技に玄武は驚愕していた。俺の放った刃は玄武の横面を掠めるに留まったが、明らかに玄武は身動きが取れず、ただただ呆然とするだけであった。

「せいきち殿!今の構え…それに、たぐいまれな攻め技。いったい、いつのまに習得なされたのだ!」

今までの剣術とはまったく別の流派に、新之助殿も驚きを隠せなかったようだ。ただ、一番驚いているのは他ならぬ俺の方だった。確かに夢の中で家康様から力を与えるような事を言われた気がするが、それがこの剣技だったと言うのか…。俺も無意識に構え、無我夢中で玄武に突進していったが正直なところ俺にも何が起こっているのか分からなかった。

「きさま…まぐれにしてはわしも少々不意を付かれたぞ。だか、そんなまぐれは二度と通用せん!」

俺の攻撃に焦りと怒りを憶えた玄武は、真っ向勝負に打って出た。元隠密ともあり瞬発力は抜群に長けている。先程のように、目で追っているだけでは、またいつ不意を付かれて斬り掛かってくるか分からない。俺は玄武の動きを目で追うのではなく、次の動きを"読む"事に意識を集中させた。目を瞑り、足音を聞き分け、荒ぶる呼吸を感じ、俺を仕留めようとする殺気を嗅ぎ取る…。そして、奴の刀が空気を切り裂く時こそ!

「後だーっ!!」

ソハヤノツルギは迸る霹靂の如く、迫り狂う玄武を貫いた!

「ぐぁっ!!」

ソハヤノツルギは玄武の肩を貫き膝から崩れ落ちた。利き腕を負傷した玄武には、もう本来の力は発揮できない。俺は玄武に近寄り、お菊殿の母親"お清"の仇と、八王子宿場町で犠牲になった人々の仇を取るべく、両腕で高くソハヤノツルギを振り上げた。

「・・・」

「せいきち殿、何を躊躇っておる!今こそ玄武の首を取って終局させるのだ!」

「・・・。玄武、俺はお前が憎い。先程までこの手で斬り捨ててやろうと思っていた。だけど…、もう戦う事の出来ないお前を斬る事はできない。どんな理由があるとはいえ、もう争い事から手を引くんだ!俺が言いたい事は、それだけだ…」

「きさまっ!俺を遇われんでいるつもりかっ!今ここで俺を仕留めないと後悔するぞ。またお前らの命を狙いに行くぞ!」

「…あぁ、構わん!俺は必ずお菊殿も町の皆も守ってみせるさ!」

「…」

「甘いぞ、せいきち殿!こいつを生かしておけば、必ず命を狙いに仕掛けてくる!」

「すまん、新之助殿。俺にはこれ以上出来ない…」

「…ったく…」

新之助殿の忠告も確かではあったが、隠密として生きてきた玄武にとって、二度と刀を振れなくなる事は、まさに生き地獄でもあった。

「もう、こんな事からは手を引く…ん…!?」

「ぐぅっ!」

俺が振り返ると、玄武は自らの刀で腹を切り裂いた!これから先、刀を握れないと分かった以上、自分が隠密として役に立たないと分かっての事だろう。さらに言えば、任務を失敗し恥をさらして生きるよりも、潔く腹を切りケジメを付けるといったところだろう。

「何も自ら命を絶つなんて…」

「せいきち殿…我ら武士にしても、玄武のような隠密にしても、任務に失敗したら腹を切る。この時代はこれが当たり前の事。玄武も隠密の一人として仕方のない結果だ」

「うぅぅ…わしの命がここで朽ちても、我らの意思は朽ち果てることはない…。必ずや…同士が…」

玄武は最後に何かを言い残すと、その場で倒れ果てた。"同士"という言葉が、まだ他に仲間がいるのかを指しているのかは分からないが、ひとまず俺の目的は達成できたのだ。これで終わったのだと安心した俺は、思い出したかのように全身が酷く傷みだした。

「痛てて…人生でこんなにボコボコにされたの初めてだよ」

「酷くやられたもんだなぁ。今、処置をしてやるから動くでない」

「すまない、新之助殿」

「…にしても、せいきち。お主、あの流儀はどこで得たのだ。攻撃の直前で構え変え、新たな攻撃を仕掛けるなんて、神業としか言えんぞ」

「俺にもよく分からないが、意識を失っている時に、夢の中で家康様が現れたんだ。そしたら急に力が湧いてきて…って言っても信じてもらえないかな!」

「家康様!?・・・いや、有り得るかもだぞ、せいきち!」

「ん!?どうしてそう思う?」

「昔、まだ俺が剣術を教わっている頃、師範から聞いた事があるのだ。限られた人物のみに引き継がれる流派があると。その流派は、一本の刀を自由自在に操り、神の目をも欺く早さで斬り、神の目のように相手の動きを読み取る、まさに神の道を行く流派。確か…『神道一刀流』。もし、徳川家康がこの"神道一刀流"の使い手だったとしたら…の話だがな。でも、この流派の使い手だからこそ、天下人となれた…とも考えられる。まぁ、千代田の本丸にでも行って、過去の書物でも見なければ、何の確証も得られんがな」

「神道一流…かぁ」

「さぁ、これでいいだろう。歩けるか?」

俺は新之助の肩を借り、体を引きずるように歩き始めた。玄武の言い残した『同士』と、新之助から聞いた『神道一刀流』、どちらも気掛かりな事だが、今は玄武を倒し、これ以上の争いが起こらない事を祈るばかりだ。
長い戦いと、怪我を負った体であった為、お菊殿の待つ家に着いたのは夜明けになってしまった。朝日の眩しさが希望の光に感じたのは新之助も一緒だったはずだ。そして、その光に照された町並みの中に、お菊殿は俺たちの帰りを待っていてくれた。

「せいきちーっ!新之助ーっ!」

お菊殿は俺たちに駆け寄り肩を寄せ抱き締めてくれた。大粒の涙が朝日に照らされ光輝いた時、俺は生きている事に喜びを感じられずにはいられなかった。

「ごめん、お菊殿。心配かけてすまなかった。でも、もう大丈夫だからな」

「…こんなに傷だらけになって…やられたら承知しないって言ったでしょ!」

「おいおい、生きて帰ってきたんだから勘弁してくれよ!」

「そうだね!」

「あっ!それよりお菊殿。お腹が空いたんだ。ご飯はあるか!」

「えっ!?フフッ、ちゃんと沢山あるわよ!二人とも、残したら承知しないからね!」

「お菊殿が一番手強いかもな、せいきち!」

「あぁ、そうかもな!」

『はっはっは!』

俺たちに久し振りに笑顔が戻った。

 

つづく