「神君家康公ここに眠る」
と、綴られていた。

 


いったい中身が何なのか、予想も出来ないまま中の布切れを一枚ずつ丁寧に広げていった。

聖也 「これはっ…日本刀!?」

何故、俺の部屋に日本刀があるのか、そして、誰がこれを持ってきたのか、検討も付かず困惑していた。今の時代に本物の日本刀は取り扱いに許可が必要な事は知っている。俺の部屋に本物の日本刀がある訳がないし、模造刀に違いないと鞘から刀を抜いてみる事にした。柄を持ち、ゆっくりと鞘から抜いてみると、美しく光輝く刀身は紛れもなく本物の日本刀であった。そしてその美しく光輝く刀に魅了された俺は、柄を両手で持ち切先から放たれる眩い光が俺の脳の中を駆け巡り始めた。記憶に存在しないはずの景色、人物、会話、行動などの一つ一つが、あっという間に壮大なストーリーとして繋がり甦っていく。

聖也 「うあぁぁ!」

俺は脱力感に襲われ、立っていられなかった。そして、頭の中を駆け巡る記憶には、かつて仲間と共に武士(もののふ)として戦い、江戸の世の混乱を治めてきたという記憶であった。頭が割れそうなほどの痛みと混乱で、自分がいったい誰なのかも分からなくなっていた。

『ピンポーン』

チャイムの音に我に返り、俺は頭を抑えながら玄関へと向かった。ドアの向こうにいたのは麻依であった。俺は早くこの朦朧とし曖昧な記憶を払拭すべく、すぐに麻依を部屋に迎い入れた。
麻依は俺の様子がおかしいと、急いでソファへ座らせた。そして、朝起きると何故か部屋に見覚えのない日本刀が置かれている事を伝え、その日本刀を持った瞬間、頭の中で記憶が書き換えられるような不思議な体験をした事を話した。麻依もその日本刀が気になったのか、木箱に近付きそっと箱に手を添えたのだった。すると、麻依の様子が変わり、何やら呟き始めた。

麻依(お菊) 「私の名はお菊…せいきちさん、私を思い出してくれましたか?」

聖也 「えっ!?お菊…せいきち…何を言っているんだ…お菊…お菊・・・菊姫っ!」

麻依(お菊) 「はい、菊姫でございます。」

聖也 「うあっ、頭が割れそうだ…。でも、思い出した…俺は…お菊殿と…菊姫様と…」

麻依(お菊)「やっとお会い出来ましたね、せいきちさん!」

聖也 「どうして!?どうしてお菊殿がここに?いや、姿は麻依なのに…どうなっているんだ?たしか俺は変な祠から江戸時代にタイムスリップして、そこでお菊殿と出会った。そして…」

麻依(お菊) 「そうです。そして私の命を狙う輩から私を守ってくれたのが、せいきちさんです。その後も、江戸の世を壊滅しようとする悪人と戦い、そして江戸を救ってくれた。ここにあるソハヤノツルギと共に!」

~1年前~
毎日、自宅と会社の往復に憤りを感じていた。ある日、仕事の途中にふらっと立ち寄ったラーメン屋の店主にまで見透かされ、旅行でも行って気分転換でもしたらと促された。そして、学生時代に剣道部だった俺は、合宿で行った日光へと出掛けた。そこで偶然見付けた石碑に手を合わせると、俺は意識を失い江戸時代にタイムスリップしたんだ。江戸の町ではすぐに怪しい者と疑われ捕らえられてしまった俺を、一人の女性が助けてくれた。それがお菊殿だ。俺は江戸ではそぐわない聖也という名前から「せいきち」と変え、そこからは、お菊殿の周りで起こる不穏な出来事に、俺は三田新之助と共に戦い挑んだ。幾度と重なる敵の襲来に、とうとう人質となってしまったお菊殿を救うべく新之助と一緒に旅へと出発した。途中、新たに仲間に加わった甚八も共に戦ってくれた。そして、とうとう黒幕であった大上歳善を打ち負かす事に成功し、お菊殿を救えたのだ…。


聖也 「そうだ!この背中の傷跡も、その時に斬られた時の傷だったんだ!しかし、なんで俺はこんな大事な事を忘れていたんだ?」

麻依(お菊) 「それはお父上の仕業かと…」

聖也 「お父上?…て事は、家康様!」

麻依(お菊) 「そうです。父上は私を慈愛するが故に、未来からせいきちさんを呼び出してしまった。しかしその行為は天界ではご法度とされています。この時代に生きるせいきちさんにとって、江戸での出来事は記憶に留めてはならないのです。せいきちさんの記憶に江戸の記憶が残ったままでは、刻(とき)に歪みが生じてしまう。この時代で言うなら時空が歪むとでも言うのでしょうか…。そこで父上はせいきちさんの記憶を消さざるを得なかったのです。」

聖也 「そうだったのか…。でも、逆に今度はお菊殿がこっちの時代に居るのも同じ事なんじゃないのか?」

麻依(お菊) 「そうなのです!せいきちさん、昨夜の事を覚えていますか?」

聖也 「昨夜?いや、実はあまりおぼえていないんだ。」

麻依(お菊) 「瀬川さんという方に襲われた事です。」

聖也 「えっ?あれは夢じゃなかったのか!?」

麻依(お菊) 「瀬川さんの体から現れた暗い影…あれは戦いに敗れ散っていった武士の魂…すなわち霊魂。すでに刻の歪みは起きていて、その隙間を掻い潜ってすでにこちらの時代に霊魂が流れてきているようです。何年もの月日が流れ、やっと成仏できた魂も、志し半ばで散っていった瞬間は、無念の思いから成仏出来ずに彷徨っていました。その時の浮遊霊が刻の歪みを越えこちらの時代へ流れ、波長の合う人間に取り憑いてしまうのです。父上がその歪みを元に戻すよう努めていますが、その間に少しずつ武士達の魂が流れてしまっているのです。その魂を鎮め、天界へと誘う事が出来なければ、この時代は無念に散っていった武士達の狂気に覆われてしまう事てましょう。」

聖也 「そうだったのか…。話しの内容は分かったけど気になる事が二つ…。まず一つは、その霊魂を天界へと返すにはどうしたらいいのか?」

麻依(お菊) 「瀬川さんに憑依した弱い魂なら、私の封印術で剥がし取る事は出来ます。しかし父上の話しによれば、すでに江戸の世で猛者と呼ばれた"もののふ"の魂が刻の歪みを抜けていったようなのです。そうなると、私の力では魂を鎮める事は難しいでしょう…。そこで、せいきちさんの力を借りたいのです。このソハヤノツルギの力を使って、憑依した肉体的から魂を斬ってほしいのです!」

聖也 「そんな事が出来るのか?それに、刀で人を斬ったら人間を斬ってしまう事になる。それと、この時代では刀を持ち歩く事は禁止されているから、容易には持ち歩けないよ。」

麻依(お菊) 「大丈夫です。鞘にこの護守札を貼っておけば、他の人からは見える事はないでしょう。そして、このソハヤノツルギには父上の切望の意と、封じの経を掛けてあります。人を傷付ける事なく霊魂だけを斬る事が出来ます。」

聖也 「では、もう一つの疑問なんだけど、お菊殿も危険な目に合うかもしれないのに、どうしてまたこの時代に…?」

麻依(お菊) 「それは・・・私はせいきちさんをずっと・・・いえ、それはいずれ分かる時が来ると思います。その時まで・・・今は・・・。
かつての無念を引きずった霊魂を鎮め、どうか共に刻の歪みを修復し守って頂きたいのです!」

お菊はそう言い残すと、麻依の顔はいつもの穏やかさを取り戻していった。どうやら麻依の体からお菊は消えていったようだ。麻依は今起きていた事をまったく覚えていない様子で、ポカーンとした表情を浮かべ俺を見ている。
どうやら俺は、またソハヤノツルギと共に武士(もののふ)として現代でも戦う事になりそうだ…。

エピソード1
おわり