もうダメだと感じた時、俺の前に立ちはだかってくれたのは麻依だった。俺の異変に気付いたのか、いつの間にか戻ってきてくれたのだ。

聖也 「麻依っ!逃げろっ!」

しかし麻依は俺の前から動こうとはしなかった。豹変した瀬川が少しずつ迫りくるなか、麻依は逃げるどころか何やら呪文のような言葉を呟き始め、そして人差し指と中指を立てて、まるで刀のように瀬川に向かって振り払ったのだった。

麻依 「斬っ!」

『スパーン!!』

目映い光と共に、麻依の指先から放たれた鋭く尖った輝きが瀬川を真っ二つに切り裂いた。苦しみ悶え、倒れ込む瀬川の背中からは黒い影が現れた。それはまさに俺が倉庫で見た"落武者"であった。そして、瀬川の体から完全に剥がれた落武者に向かい、麻依はもう一度指先を翳し、祈りを込めて斬り付けたのだ。

麻依 「護守封印っ!」

瞬く間に落武者の影は切り裂かれ、夜空へと吸い込まれるように消えて無くなってしまった。突然の麻依の行動に俺の思考能力は停止し、理解できない状態が続いていた。目の前で起きた事が現実なのかさえ分からずにいる俺に、そっと麻依が振り返る。

麻依 「大丈夫?」

聖也 「あ…あぁ。ていうか…何が起きたの?」

麻依 「…少し前のせいきちなら、こんな奴、一発で仕留められたのにね。」

聖也 「せいきち?何を言ってるんだ?」

麻依 「ふっ…無理もないわね。たぶん父上が記憶を消してしまったのね。」

聖也 「記憶?父上?さっきから何を言ってるの?俺には分からないよ!」

麻依 「なら、私に着いてきて。そしたらきっと、全てを思い出すんじゃないかしら…」

聖也 「でも、瀬川さんは…」

麻依 「放っとけばそのうち起きるわよ。今は疲れて眠っているだけだから。」

俺はどうしたら良いか分からぬまま、麻依の言う通りに着いて行くしかなかった。公園を出た俺と麻依は駅前からタクシーに乗り込み、行き先を教えてもらえないまま東京を後にした。

しばらくし、窓越しの景色は町の明かりから薄暗い田舎町へと変わっていった。もうどれくらい走っただろうか。高速道路を乗り継ぎ、もうすぐ夜が明けてしまう。そして、ようやくたどり着いた場所は日光であった。何故、こんな場所まで連れてこられたのか検討もつかなかったが、東照宮の鳥居を見た瞬間、懐かしさというか、まるで故郷にでも帰ってきたような感情さえあった。麻依は鳥居越しの東照宮を黙って見つめている。こんな眼差しをした麻依を見るのは初めてであった。俺は声も掛けられず、ただただ麻依から何か言ってくれるのを待っていた。

麻依 「さあ、行きましょう…」

やっと麻依が話し出すと、俺は何も言わずに後を着いていった。しかし、麻依は東照宮へと向かうのではなく、足早に脇道へと逸れていく。やがて、その行き先は林道へと入り、街灯もない道を奥へと進んでいった。
木々の隙間から見える空の色が青くなり始め、時刻は朝を迎えようとしていた。辺りがぼんやりと見え始め、少しは歩きやすくなってきたが、それでも麻依は振り返る事はなかった。

麻依 「さぁ、着いたわよ!」

やがて目の前には、廃屋と化した建物が見えた。俺にはその建物や周りの景色に見覚えがあるような不思議な感覚であったが、何故かそこが何だったのかが思い出せないでいた。麻依に訪ねてみるも、ジッと奥の林を見つめているだけで、何も話そうとはしなかった。
麻依はゆっくり足を進め、林の中へと入って行く。俺も遅れを取らないように麻依の後へと続いた。林の中を少し進んだ所まで行くと、そこには小さな祠のような石碑が、静かに俺たちが来るのを待っていたかのように構えている。祠の前にしゃがみ、麻依は目を閉じ手を合わせた。俺も訳も分からず麻依の横にしゃがみ一緒に手を合わせる事にした。すると次の瞬間、激しい頭痛と共に俺は意識を失い倒れてしまったのだ。

目が覚めると、俺は自分の部屋のベッドの上にいた。俺は夢を見ていたようだ。

聖也 「あぁ、今日は日曜日かぁ。」

俺はお湯を沸かし、コーヒーを注いだ。リアルな夢を見ていたせいか、まったく疲れが取れていないと同時に、昨夜の夢が気になって仕方がなかった。そしてぼんやり夢を思い返していると、部屋の隅に見覚えのない木箱が置いてある事に気付いた。

聖也 「ん?これは…なんだ?」

テーブルにコーヒーカップを置き、木箱に近付いてみる。ずいぶんと古びた木箱は、今にも崩れてしまいそうなほど朽ちていた。恐る恐る蓋を開けてみると、和紙のような古い紙には…
 

「神君家康公ここに眠る」

と、綴られていた。

 

つづく