私の日々の祈りは、プロテスタントが聖母マリアを神の母として敬い、キリスト信者の母として愛し、すべての恩恵の仲介者として取り次ぎを求め、天地の元后としてお仕えするようになるように、ということです。

あるカトリック信者は「無理、無理」と言いました。少なからざるプロテスタントは「冗談じゃない」と思われるでしょう。しかし、教会一致がキリストのみ心ならば、それはマリアによって実現されるでしょう。プロテスタントがマリアへのまことの崇敬を持つことによって、はじめてキリストが真に望まれる形での教会一致が実現されるでしょう。マリア崇敬について、全く妥協の余地はありません。キリストがそれを望まれません。神を父とし、マリアを母とし、キリストを王として戴く。それがまことのキリスト教であります。