霊的と言うと何やら難しいように聞こえますが、そんなことはありません。
 
神に対しては依存的、人に対しては開放的であること。それが霊的であるということです。

神に対して依存的というのは、何事も神様のおかげであるということがわかっているということであり、人に対して開放的ということは、他者と共にあること自体に生きる意味を見出だしているということです。

キリストは万人に対する隣神であり隣人として、あなたと共に生きるためにこの世界に来られました。そのキリストに対して心を開き、彼と共に生きることを選び、生きる時も死ぬ時も彼により頼むのがクリスチャンであり、霊的な人です。

キリストに対して開放的な人は、人に対しても開放的になる筈です。もしそうでなければ、その人は自分が思うほどキリストに対して心を開いていないのです。