この春のせい


死神

『こんにちは。僕は死神です。突然ですが、あなたは明日死にます。』

『ある春の日。桜の蕾が、少しずつ花開いていく暖かで穏やかな日。胸が痛くなるような幸せに包まれた朝。彼は私の前に現れた。』


死神

『こんにちは。僕は死神です。突然ですが、あなたは明日死にます。』

『…そうですか。』

死神

『…はい。』

『分かりました。』

死神

『…そう…ですか。』

『はい。』

死神

『…冷静…ですね。』

『そうですか?』

死神

『もっとこう…驚くとか…悲しむとか…怒るとか…あるでしょう?』

『いいえ?』

死神

『悲しく…無いのですか?』

『悲しく…あってほしいのですか?』

死神

『悔しく…無いのですか?』

『悔しく…あってほしいのですか?』

死神

『あなたは…死ぬ事が…怖くないのですか?』

『いつか来る終わりですもの。怖くないです。』

死神

『不思議な人だ。あなたは。』

『似たもの同士ですね。』

死神

『人間は…私が今まで出会った人間は…あなたとは違った。皆、死を怖がりました。別れを悲しみました。』

『あなたも…寂しかったでしょうね。』

死神

『…え?』

『生きていれば、遅かれ早かれあなたに出会うはずなのに、出会ったことを後悔されて、悲しまれて、怖がられて。』

死神

『…私は…感情などありません。生きとし生けるもの、森羅万象全てに、死はありますから。そのために…存在するだけです。』

『泣き叫んで欲しかったですか?私に。』

死神

『…』

『死を…死ぬことを恨めしく思って欲しかったですか?』

死神

『…』

『あなたを…恨んで欲しかったですか? 』

死神

『…分かりません。』

『あなたの想定した答えでなくて、ごめんなさいね?』

死神

『…いえ…想定なんて…』

『人間って…変ですよね。死ぬことがわかると怖がり悲しむくせに、幸せな死を望もうとする。死とは平等なのに、幸せな死と、不幸せな死を分けようとする。』

死神

『よく…分かりませんが…泣き叫ぶ魂を、現世に残した未練にすがる魂を…連れていくのは…胸が痛いです。』

『弱いのは…みんな一緒ですね。偉そうに綺麗事を言いながら、少しだけ…私の死は幸せか…考えてしまいました。』

 死神

『…幸せかは…分かりません。しかし…良いお顔ではあると思います。』

『優しい人ですね、貴方は。一人ぼっちだった私のこんな会話に付き合ってくれた。もう、私とあなたは、お友達です。あなたがいてくれれば、不安も恐怖も後悔も、何もありません。』

死神

『友達……いいですね。言っておきますが…私は…向こうまでの道中お喋りですよ。』

『楽しみですね。』


『彼との別れ際、彼は小さく小さく言った。』

死神

『…行ってらっしゃい。』


死神『冥土案内日報。日付3月18日。 天気 快晴。種別人間・女。85人目。…備考……友達。』


死神

『無数の死と共に背負った鎌のベルトのバックルのせいか、少し胸が痛かった。いや…違うな。この胸の痛みは…』


私・死神『きっと…この春のせい。』