■声劇台本:「見えない悪意」
■作者:がみのろま
■人数:3名(男性1名/女性1名/不問1名)

■時間:10分程度

 

■プロット
田中博史によって廃工場に監禁されている女性・ミサ。
ミサは田中のことを知らず、監禁されている理由が全く分からず困惑する。

しかし、田中はミサをよく知っていた。
彼女はとある(※1)交通事故現場の動画をSNSに投稿し、バズっていた。その交通事故で亡くなったのが田中の長男だったのである。
さらにミサの動画のせいで母親の責任が問われ、田中の妻・尚美は心を病み、(※2)自殺。田中は復讐のために、弁護士という自身の職業を最大限に利用(悪用)してミサを特定し、拉致監禁する。

しかし、結局田中はミサを殺せず、逆にミサに殺されてしまう。だが、実はその様子は全てLIVE配信されていた。

※1:交通事故
とある産婦人科の前で、アクセルとブレーキを踏み間違えた自動車が歩道に突っ込み、博史の長男の他、主婦1名が亡くなる。完全に運転手の過失であり、裁判所もそれを認めている。しかしミサが撮影した動画には顔こそモザイクが施されていたものの、長男と手を繋いで歩いていた尚美が一瞬だけその手を話したことで、長男が車道側へ行ってしまい事故にあった様子が映し出されている。
この日、尚美は第2子の妊娠が分かり、産婦人科を出て一瞬だけお腹を撫でていたときに、事故が発生したのである。

※2:尚美の自殺
長男を失った悲しみとバッシングの嵐で精神を病み、妊娠していた第2子を流産。自宅(マンション7階)のベランダから飛び降りて自殺する。

■登場人物

●:男性 / ○:女性 / ◎:不問

●田中博史 (たなか ひろし)
30代 / 弁護士
5年前に大学の同級生である尚美と結婚。一男に恵まれ幸せな生活をしていたが、交通事故により5歳の長男が死亡。被害者であるにも関わらず、酷いバッシングを受けた妻も自殺。バッシングの元になった動画を撮影・投稿したミサへの復讐を決意する。

○綾小路美咲(あやのこうじ みさき)
   ハンドルネーム:ミサ
20代 / インフルエンサー

大金持ちのご令嬢のため、一応会社役員ではあるが、とくに仕事はしていない。

SNSや動画投稿サイトに情報を投稿し、話題になっている。たまたま居合わせた交通事故現場の動画をSNSに上げたところ、バズりまくる。承認欲求が強く、自分が注目を浴びるためなら手段は選ばない。
かつて家庭の方針で武道を習っていたことがあり、腕っぷしは強い。またサバゲーを趣味としていたり、サバイバル術に長けている。
他者へ危害を加えることに抵抗が全くない。

 

◎ニュースキャスター:最初に1つセリフがあるだけの役。

○田中尚美(故人) 声劇への直接の参加なし
博史の妻。ミサが投稿した動画が発端になったバッシングにより、心を病み自殺する。

■本編

●場面1:田中の家

ニュースキャスター:「ーーあの痛ましい事件から1年。本日は匙町のレディースクリニック前で起きた交通事故について、特集します。」

○SE1:テーブルを叩く音

田中:「(咽び泣く感じで) うぅ……っ、うぅ……」

田中:「(悲しみと怒りの絶叫) うああぁぁぁぁっ!!!!!!」

●場面2:廃工場
  ミサはパイプ椅子にロープで縛られた状態で気を失っていたが、目覚める

ミサ:「(ぼんやりとした様子で) ……ここ、どこ……?」

田中:「ようやくお目覚めですか?『 動画令嬢ミサ』こと、綾小路美咲さん」

ミサ:「あんた誰? てか何? このロープ。離して!!」


○SE2:ミサが暴れる音(キシキシ、ガタガタなど)


田中:「あんまり暴れないでもらえますか? 私もこれ以上暴力的なことはしたくないので」


○SE2:拳銃の引き金を引く音


ミサ:「何それ? 拳銃? 本物なの?」

田中:「さぁ……あなたで試してみましょうか?」

ミサ:「ちょっと、冗談はやめてよ」

田中:「じゃあ、私の質問にだけ答えてください。余計な発言をしたら……どうなるか、お分かりですね?」

ミサ:「分かったわよ! でも、こんなことパパが知ったらあなたもタダじゃすまないわよ?」

田中:「(拳銃をミサに向けながらキレる) 余計なこと言うんじゃないって言ってんだろ?!」

ミサ:「ごめんなさい。もう余計なこと言わないから……殺さないで」

田中:「それはあなたの態度次第ですよ、ミサさん。では本題に入りましょうか。1年前、あなたは交通事故現場の動画をSNSに投稿しましたね? 『ひまわりレディースクリニック』前で起きた事故です」

ミサ:「……えぇ。たまたま街ブラ系の動画を撮影してたら、目の前で事故が起きて……確かブレーキとアクセルを踏み間違えたおじいちゃんが、歩道に突っ込んじゃって……サラリーマンの男性とまだ小さかった幼稚園児くらいの男の子が死んじゃったのよ」

田中:「そんな悲惨な事故の様子を、あなたは平気な顔で撮影していたわけですか? 神経を疑いますね」

ミサ:「別にわざわざ撮影したわけじゃない! たまたま、カメラに映っただけよ」

田中:「なるほど。それで、あなたは、その動画をどうしましたか?」

ミサ:「さっきあなたが言ってた通りよ。編集してSNSに上げたわ」

田中:「さぞや話題になったでしょうね?」

ミサ:「めちゃくちゃバズった……。でも、ちゃんと亡くなった人とかの顔にはモザイクかけたし、何の問題もない動画よ?」

田中:「何の問題もない……? なんのジョークですか?」

ミサ:「え?!」

田中:「あの事故で亡くなった男の子、私の息子なんです。まだ5歳でした。いやぁ、可愛かったなぁ。私が家に帰ると『パパ、おかえり』って言って、出迎えてくれるんです。あの笑顔を見るためだけに、仕事を頑張っていたと言っても過言ではありません」

ミサ:「それは可哀想だったわね。でも恨むなら私じゃない! 犯人でしょ?」

田中:「犯人は法の下で裁きを受けます。でもね、法律では裁けない“悪”があるんですよ。“無自覚の悪”とでも言えばいいんでしょうかね? ミサさん、あなたのような人のことです」

ミサ:「はぁ?」

田中:「あの動画には、息子と一緒に妻も映っていました」

ミサ:「あぁ、あの男の子の手を離しちゃったお母さんでしょ? めちゃくちゃ叩かれてたよね」

田中:「えぇ。妻は右手に荷物を持ち、左手で息子と手を繋いでいました。そして、ほんの一瞬、手を離した隙に息子は車道の方に行ってしまいました。そこで起きたのが、あの悲劇です」

ミサ:「そんなの、あなたの奥さんが悪いんじゃない。第一、奥さん自体は死んでないでしょ? それならむしろ良かったんじゃないの?」

田中:「妻は死にましたよ。犯人はミサさん、あなたと……名前も姿も見えない、不特定多数の無自覚な悪意です」

ミサ:「はぁ?」

田中:「あの日、妻はクリニックで子どもを授かっていると知ったんです。その幸せな気持ちで外に出て……ほんの一瞬、息子の手を離して、お腹を撫でたんです。新しい命に、声をかけたんです。そのとき、息子は少し車道側へ行ってしまいました。でも、実際に車道に出たわけじゃありません。歩道に居たんです。妻はきちんと交通ルールを教えていましたから。それなのにあなたたちは、あの数秒の動画だけを見て、妻を『無責任』『母親失格』などと言いたい放題してくれましたよね?」

ミサ:「わ、私は動画を投稿しただけよ? 何も言ってない!!」

田中:「妻はただでさえ自分を責めて苦しんでいたのに、猛烈なバッシングを受けて……心が完全に壊れてしまいました。そして、半年前……マンションのベランダから飛び降りて、死にました。私は息子と妻、それにもうすぐ生まれる予定だった新しい命、3人の家族を失ったんですよ。この悲しみがあなたに分かりますか?」

ミサ:「……どうでもいい」

田中:「は? 今なんて言ったんですか?」

ミサ:「“どうでもいい”って言ったの。あの動画でめちゃくちゃバズって私は人気者になったの。だから、あの事故には感謝してるくらいよ?」

田中:「……お前、それでも人間か?」

ミサ:「えぇ。あと、あなたにひとつ教えてあげる。ロープはちゃんと結ばないと、簡単に解けるの。こんな感じで。私、サバイバル系の動画も投稿してるから、こういう技術は詳しいんだ」

田中:「くそっ! 死ね!」

○SE3:銃声

ミサ:「銃の使い方も分かってないわね」

○SE4:(ミサが田中を) 殴る・蹴る音

●場面3:ミサ、田中から拳銃を奪う


ミサ:「この銃は初心者さんには使いにくいんじゃない? 私なら簡単だけど」

田中:「畜生!! 返せ!!!」

○SE5:(ミサが田中を) 殴る・蹴る音

○SE6:ミサ、ヒールの踵で田中の手の甲を踏む音

田中:「(絶叫) ぐぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

○SE7:引き金を引く音

ミサ:「うるさいっ! あぁ今カメラがあったら最高の動画が撮れたのに、残念ね。さようなら、おバカさん。向こうで奥様と子どもたちと幸せに暮らしてね?」

○SE8:銃声

田中:「うっ……(息絶える)」


●場面4:ミサ、田中が取り上げていたスマホを探し出し、電話を駆ける

ミサ:「ったく、アイツ、私のスマホどこにやったわけ?……ん?アイツ、家族の写真、こんなのに入れてるの?センスないわ(嘲笑)……あっ!あったあった!!」

○SE7:スマホの操作音など

ミサ:「もしもし? パパ? ちょっとお願いがあるんだけど……内密に処理してほしい遺体があるの……うん、うん……場所は……」(FO)

○SE9:録画停止音
(第3者がこの様子を全て録画または配信していたことを匂わせる)

END