せいとおかげ誰かのせいだと思うことがある。でも同時にその誰かのおかげと思えるような恩恵を受けている場合がある。例えば、人じゃないけど、女性ホルモンに振り回されていると思いつつ、それによって支えられていることもあるみたいな。「おかげ」で、なんとかなっていたのにその辺はすっ飛ばして「せい」に腹をたててもきりがないのかもな。嫌な記憶しかないような人物との交流でも得るものもあるはず。得たものがなにかわからない場合は「人生の勉強になった、反面教師にするよありがとう」って流せたらいいだろうな。「せい」と「おかげ」はいつも、重なってるのかもしれない。