ドーモくん


もう色々と手遅れなのかもしれない男、うまい棒っす


具体的には、アレとコレが特に手遅れだと思われまする。



最近なにかとお疲れ気味で
身も心も角質もボロボロなんですよ。



悩み過ぎて、この齢にして禿げるのではないかと懸念してマッスル



もしそうなったら植毛を所望します。



禿げるとか嫌な出来事が多すぎて、すべて投げ出して、隠居したいくらいの勢いっすよ。


まぁこれがホントの現実とうひ






ってそんなこと考えてないで、現実と向き合えってかんじですよね。


ぶっちゃけ、ふざけてないとヤッテラレマセーン。



さて、今日も帰ったら、枕で涙を濡らしながら寝ますわ。



んじゃ、まずな。
ど~も

価値のない男、うまい棒っす。二束三文っす。

でも安い男では、ないと星に願ってます。



さて、今日のお話は、
『まわりくどい』でいこう。
いけるところまで。




まぁお気づきの方も幾人かいらっしゃると思いますが、基本的に自分まわりくどいですよ。


話しもボケも、あと顔なんかも、くどいって言われますわ。


周りの人々は、迷惑なことでしょうな。めんごです。

まぁ顔については勘弁してほしいところだが。




でも、まわりくどさって、スリリングかつ奥ゆかしいという要素を兼ね備えているですよ。


伝わるか、伝わらないか、そのギリギリを楽しむもよし。

相手に伝わらないことを見越して、小馬鹿にするもよし。

相手への思いやりを演出するもよし。


様々な楽しみ方がありまする。


わかりにくいものほど、通じ合う喜びは、格別だ。ハッピー&エクスタシーだ。



逆に『まわりくどい』がない会話だとしたら、なんともつまらないものになってしまわないだろうか?

そんな会話からはドラマは生まれない。

身も蓋もお鍋もない。それは料理ができない、
つまり味わいがないってことだ。




愛情表現においても、『まわりくどい』ものが多い。

より追求していくと、
『きみを見てると目が痛い』でさえ愛情表現になりうるのだ。



『きみのことが好きだ』→→『きみは僕の太陽だ』→→『きみを見てると目が痛い』という訳だ。


しかしまず伝わらない。
伝わるわけがない。


よくて良い眼科を紹介してもらえるくらいだ。



最悪のパターンは、
「ああ、そうなんだ…」と困った顔で言われてしまうだろう。

そうなってしまったら、そいつに脈はない、
っていうか、自分の脈がとまってしまう。



表現は自由だ。
しかし傷つくのは自分だ。



まぁ何事もほどほどにしておきましょうぜ、親方。


それでは、股根


ごっつぁんです。
どうも

妄想と現実の間で苦悩するうまい棒っす。
タマネギさん太郎のライバルっす。



やっぱり現実は、苦しいことばかりですな。

気持ちのもちようでしょうが、それにしても希望的観測すらできない状況が多すぎるとは、思いませんか?


二次元や宗教などに、どっぷりーな人々の気持ちも理解できるっすね。


みんな救いを求めてる。
何かにすがってないと、不安でしょうがない。
誰しもが何かしらに依存して生きている。



このつらい現実を一瞬でも忘れたいのだ。


ひとは忘れていくことで、生きていける。

痛みや苦しみを忘れていくことで生きていける

喜びや快楽なんかは、薄らいでいくから、また求める為に生きていく。




だが、忘れてはいけない、忘れられない思いがある。





男という生き物は、たとえ心が砕けてしまっても、たとえ還暦を迎えたとしても、




『おっぱい好き』ってことだ。

この思いは忘れない。忘れることなどできるものか。もう好きで好きでたまらない。常にポケットに入れておきたいくらいだ。





もし畑に『おっぱい』が生えていたら、間違いなくとってかぶりつく。



おっと、みんなが言いたいことはわかっている。



安心してくれ俺だって常識をわきまえた、いい大人だ。




俺は、ちゃんと洗ってから、かぶりつく。



それくらいみんな大好きだ。例外は認めない。



それでは、股、


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