先日ある子に「僕は耳が聞こえないので剣道の稽古が上手くできない。稽古が終わった後に残って稽古の稽古をしたい。」と言われた。

遅くまで稽古をしても疲れてしまうと大変だから。と諭した

障害があっても続けることはできる。

自分も障害があるが続けてきた一緒に続けてゆこう。と言ってあげるしかできなかった、

今抱える彼の悩みを解決することは誰もできない


親御様も苦しいだろう、なぜこの子がと思うだろう。

親は、子供に「這えば立て、立てば歩め」と思う、

しかし「供に歩む。」と思うだろうか。

「這えばたて、立てば歩め、供に歩むの親心。」と思ってほしいと。


障害を持つ子の親は「子の将来はどうなるのだろう。」と思っている

子供も親に期待に答えようとしている。

そんな気持ちの表れを感じた。

親も、子も悲しいだろう。


親も年老いる、やがて介護の必要なときが来る。

子に負担をかけたくは無いと思うだろう。


小椋圭の歌に「子供たちの明日は未来。」と言うフレーズがあった。


大人、親は子供に未来を作って行きたいと思う。


明るい未来を作って行きたい。

泣く事がある


娘たちと


離れて暮らして


思い出すことは


娘たちの泣き顔


長女は小学校の最初の担任の先生と別れた時に


大きな声でベットで泣いていた


寂しいと


そのあと泣き声を聞かなくなったが


中学生なると心の中で一人


泣いていたようだった


声にならない声で


泣いていた


心の寂しさに


潰れそうになる心を


抱えて泣いていた


親なのに 


何もわかって


やれないで気づかないでいた


一人で泣いていた長女


また泣きたいときは


大きな声を出して泣いてほしい


泣く事を我慢しないでほしい


泣く事がある


次女が3歳のクリスマスに


アイロンのおもちゃを買ってあげる約束をした


クリスマスに日に


スーパーのおもちゃ売り場に


近づくと


感極まった娘は


涙を流し始めた


大粒の涙を流して


大きな声も上げ


アイロンに駆け寄った


待ちわびたこの日が来た


喜びに涙が流れた


アイロンがほしかったことよりも


アイロンが来る日が待ちどうしかった


待ちわびる日、この日になれば


と思う日がなくなってしまって


毎日をぼんやりと暮らしてしまう


さみしい毎日


明日が待ちどうしい


あの涙を思い出して


涙が流れる自分がさみしい