先日ある子に「僕は耳が聞こえないので剣道の稽古が上手くできない。稽古が終わった後に残って稽古の稽古をしたい。」と言われた。

遅くまで稽古をしても疲れてしまうと大変だから。と諭した

障害があっても続けることはできる。

自分も障害があるが続けてきた一緒に続けてゆこう。と言ってあげるしかできなかった、

今抱える彼の悩みを解決することは誰もできない


親御様も苦しいだろう、なぜこの子がと思うだろう。

親は、子供に「這えば立て、立てば歩め」と思う、

しかし「供に歩む。」と思うだろうか。

「這えばたて、立てば歩め、供に歩むの親心。」と思ってほしいと。


障害を持つ子の親は「子の将来はどうなるのだろう。」と思っている

子供も親に期待に答えようとしている。

そんな気持ちの表れを感じた。

親も、子も悲しいだろう。


親も年老いる、やがて介護の必要なときが来る。

子に負担をかけたくは無いと思うだろう。


小椋圭の歌に「子供たちの明日は未来。」と言うフレーズがあった。


大人、親は子供に未来を作って行きたいと思う。


明るい未来を作って行きたい。