ひとり暮らしになってから

少しずつ色々なものを手放した。

器が好きだったが

使わない器が沢山あっても虚しいので

大事な器と必ず使う器だけを残した。

手放した器のなかには

一個だけ割ってしまったペアのマグカップ

なんてのもあった。

 

器を処分し始めて何年も経った。

季節が巡るって感じ。

五年くらいかな。

夫を見送って六年目なのだし。

 

最近はYouTubeで

同世代のお1人様の日常みたいな動画を

よく見る。

なかでも、

東京で一人暮らしのちょっと素敵な女性の

(顔も知りませんが)

動画を気に入っている。

私も三十年も東京で暮らしたので

慣れ親しんだ都内の風景や夜景が懐かしかったり

彼女のなんてことのない食事の様子などに

自分と多少の共通項を感じたり。

 

 

ある日、例によって彼女が

クリームチーズを塗りたくったベーグルに

スモークサーモンをはさんでお食事中の

動画を見ていた時だ。

 

あれ?

 

どこかで見たような物体が

彼女の傍らに存在するではないか。

 

そう、なんだか異様に見慣れた物体。

 

あ、

サムライだ!

 

思わず声が出てしまった。

 

彼女が

 

コーヒーを淹れて飲んでいる

そのマグカップは

まさしく

かつて私が手放したのと同じ

ウエッジウッドの “サムライ” だ。

 

そして

 

彼女のランチョン回りのセンスのせいか

そのマグカップ “サムライ”は、

私が持っていたのより

何倍も素敵に見えた。

 

同じ器を持っている人など沢山いるから

普通はどうでもいいのだが

 

“ サムライ”は滅多に見ない。

 

だから

手放したことを思い出しもしなかった。

 

でも

 

そのマグカップ、

 

とても映えていたのだ、彼女の傍らでは。

 

とくに作為も感じさせない

ひとりで食べるベーグルサンドと

コーヒーの地味なマグカップ。

 

なんだか

 

私は

私のサムライを手放したことを

すごく後悔した。

 

こうしてみると、いいカップだ。

素敵なカップだったんだな。

 

実は

私はサムライモデルの場合

マグ以外の

たとえば

カップ&ソーサ―のソーサーの絵柄を

すごくダサいと思っていて

カンベンしてくれよ

と思っていた当時のそれはもちろん

頂き物だった。

 

YouTubeの彼女は

たぶんウェッジウッドがお好きだろう。

他にもいくつか

ヴェラ・ウォンや、ワイルドストロベリーの

ウインブルドンモデルなどもお持ちだったから。

 

 

私の朝は

夫の好きな剣マークのまっ白けで夫にコーヒーを

いつも供える。

夫が好きだったマイセンは、

私が好きだったものより大好き(??)

冬はカップがちょっと寸詰まりの剣マークになり

真夏は波の戯れのカップ&ソーサ―になる。

 

だけど今

 

私はあのサムライ・マグでコーヒーを飲みたい。

手放すんじゃなかったバカだな私。

 

で、

 

どうしても取り戻したくなった。

 

探した。

 

ネット検索をすると

ウエッジウッドのSAMURAIではなく

墨で「侍」と書いてあるカップとか

へんなのばかりでぜんぜん見当たらない。

もはやウエッジウッドですらないぞ。

さすがに

マグカップは人の使ったものはイヤなので

廃版なのに新品で探すわけだ。

やっと、あったと思ったら

どう考えても三倍ちかいお値段になっていて

のけぞる。

 

でも

どうしても欲しかったので購入を決めたのだが

 

サムライは

結論から言うと

今更、見直したって

一度裏切った私の許へは

 

戻って来なかった。

 

販売元からメールが来て

既にソールドアウト状態で、

在庫をあたったが無い。

ついては

申しわけないがキャンセルしてほしいと。

 

なに‥‥

無いのなら、商品画像をアップしないでくれ。

sold-outって表記しておくれ。

 

というわけで

 

私が見棄てたお侍様はよその姫君のもとでは

凛々しくご活躍なさっていたのだった。

 

いま日本に

ウエッジウッドのサムライモデルのマグの新品在庫が何個あるのだろう

というのが私の最大の関心事だが

(しょうもない物欲だなぁ)

それは

実は大きなストレス源が

私にはあるからだ。

 

夫の永遠の不在+

ご近所の変な男が叫ぶようになったこと

などなど。

(そう、あいつです。

心を病んでいるので仕方がないけれど

コワイのだ)

 

SAMURAI 殿、come back to me !

 

とはいえ

あまりに何度もYouTubeの画像を見たので

なんだか

少し

飽きてきちゃった感もあるのだ。

 

うん、

 

カップばかりあっても仕方がないよ。

 

 

それにしても

好きとか、興味とかの

きっかけは面白い。

 

後で

なんでこんなのが良かったんだろうって思う事もあれば

なんで良さがわからなかったんだろうって

思う事もある。

 

‥‥‥

 

バイバイサムライ、

いつかまた、もし縁があったらね。

 

 

 読んでくれた人ありがとう赤薔薇コーヒー