なんだか

夫が天国に去ってから三年目くらいの頃に

戻った感じの……

夕陽が眠い 今日この頃です。

 

それでも久しぶりの陽気に誘われて

かごの屋さんまで歩き

鰹の藁焼き定食をいただきました。

なぁんにもする気に

なれないんですよー最近

 

ここは、何を頼んでも

お野菜が沢山使ってあって

炊事をしたくない時の栄養摂取に時々来ます。

鰹の下にも玉ねぎ沢山。

付け合わせは蓮根のはさみ揚げ。

美味しかったです。

 

さて

怠けよう、怠けよう

とする身体に引きずられっぱなしの今日この頃

ブロ友さんの記事で

若い頃に読んだ青春の一冊を思い出しました。

ヘミングウエイ著「老人と海」です。

何十年かぶりかで再読したところです。

ブロ友さんが心惹かれておられた老人と少年の

心温まるふれあいの場面は、

この作品のなかでも唯一最大の救いであり

私も愛おしく読み返しました。

 

Amazonから届いた文庫を手に取り、

意外なほど薄い短編だったことに驚きました。

記憶では、もっと長編だったような。

内容の質量のせいでしょう。

そして、

この歳になって読み返してみると

若い頃とはまた異なった印象を得ました。

 

最大の新しい発見は

主人公の老人が、

実はとても頑丈な人だった 、という事です。

さすがに小説的小説だと

へんな表現ですが

この歳で読むと、思ってしまうのです。

自分が若い頃は、老人というものが

どういうものか解らないですからね。

 

そう、この老人は超人的に頑丈で

超人的に勇敢なのです。

日頃からひどく貧しく栄養状況も悪く

装備も貧弱で、

あるのはただ

痩せさらばえた肉体と精神力のみ。

それで

あれだけ勇敢な

孤軍奮闘をやりのけてしまうのですから。

過酷な海洋環境で降りかかる困難。

まさしく死闘、大変な苦労です。

 

普通なら、サメのヒレが見えた段階で

もう、カジキマグロのロープ切って

さっさと逃げの一手でしょ。

 

私のように

あまりに非力な老後の現実を生きる身としては

この老人は超人的すぎるのです。

そして

獲物にも大いなる敬意を抱き

漁師の誇りと意地をかけて対決し、

ボロボロになりながら

見事に大物カジキをゲット。

それを横取りすべく襲いかかる何匹ものサメ。

老人はこん棒や俄か作りのしょぼい武器で戦って

半死半生で帰還。

ロープの先に骨と頭だけになったカジキ……。

 

天使のように純粋な心を持つ少年が

愛と尊敬をもって心から心配してくれる。

そういう老人。

弱って死にそうなんだけど

実は、やっぱりスーパーマンなんですよ。

 

作者はこのスーパー老人に何を投影したのか

想像してしまいました。

 

実際のヘミングウエイも

写真を見る限りとても逞しそうですが

しかし

50代半ばを過ぎたあたりから

大量の飲酒、不眠、鬱病などで

心身の健康を損ね始め

鬱病は父親もそうだったので遺伝もあるのか

わずか62歳で自裁してしまいました。

 

老人と海の主人公は何歳なのか

明記されていません。

 

あの当時は50歳を過ぎれば老人感覚?

50代の作者が

自らに老いを感じて

その困難を、あるいは理想を

描いたのでしょうか。

80歳、90歳で元気なお年寄りは

当時も沢山いたと思いますが。

 

いったい

何歳の設定だったのでしょうね。

ヘミングウエイが現代を生きていたら

どんな小説を書いたでしょうね。

 

というわけで

 

私は

美味しい物くらいしか楽しみが無いという

情けない老境を恥もせず

松茸の土瓶蒸なんかいただきました。

 

蓋を開けた時の香りと

最初の一口は感動的。

 

ま、それだけですね。

 

本当は焼き松茸が好きなのですけど

お値段が土瓶蒸の二倍。

 

もしマルク・マルケスが

10回目のチャンピオンになったら

 

photo:YouTubeより

 

焼松茸を食べに行こう

美味しいすき焼きもいいな…

と自分に意味不明の希望を

持たせております。

まあ、そういう時期もありますよ……ね。

 

 

 ご訪問ありがとうございました赤薔薇コーヒー