他人の手 | 自閉症の息子と生きてみた(≧∇≦)

自閉症の息子と生きてみた(≧∇≦)

広汎性発達障害の息子と、八ヶ岳山麓で暮らしています。音楽を仕事にし、主人はずっと海外住みなので、ほぼシングルマザーです。嵐、ニノ、にのあいをこよなく愛しています♡2024年4月〜子宮体癌闘病中。

こんばんは満月
午後から進路懇談に行ってきました照れ

で、なんか、当然分かっていたことなんだけど…
優斗は、やっぱり障害者でしたえーん

毎日毎日、「障害者だって頑張ってるビックリマーク
「障害者のほうが素直で素敵なんだビックリマーク
「優斗が障害者だから、私が成長出来ているんだビックリマーク」なんてきれいごとを思ったり、書いたりしても、やっぱり夢の中で、健常者の優斗をみちゃったり、拭いきれない「健常者に対する嫉妬心」を、ココロの中で消化しきれずに、に依存している私がいますショボーン

どんな現実を、今日知ってしまったかというと…
この先、金銭面でも生活面でも、「他人のお世話にならないと生きていけない優斗」「優斗が死ぬまで、私が面倒を見るのは不可能なのか!?」「やっぱり私のほうが先に死ぬとして、他人の手をかりて生きていくんだな」というようなコトですクローバー

ただ、その「他人の手をお借りして生きていく」ことも、悪いことばかりではないと思いますお月様健常者である私達ですら、「他人の手」無しには生きていけませんし…優斗は「手をお借りした皆様に感謝して生きていく」ことが出来るならば、それも素晴らしい生き方だな、とは思います虹

それでも、やっぱりなんだか親バカなのか…
優斗より1日でも長く生きていたい、と思ってしまいますキョロキョロ
ん〜、うまくまとまらないなあせる
そう、結果、結局、将来が心配なんです。
それだけです…
とりあえず「優斗が生きるお金」貯めなきゃ札束