思えば、デビューが決まった当時は
今とはまるで違う生活だった。

三男はまだ大学生、
さらに甥っ子も居候していて、
家の中はいつもバタバタ。

そんな中で私は、

・占い師としての名前を考え
・占術やキャッチコピーを決め
・プロフィールを書く
・写真撮り
・仕事部屋を整える

という、まさにゼロからのスタートをしていた。
でも現実はなかなか厳しい

名前一つとっても、いかにも占い師っぽいのが
いいのか、普通がいいのか、
横文字がいいのか、など
いいな、と思う名前はすでに使われていた。
写真だって、54歳のオバハン
加工すればするほど、不自然になり
半ば諦めた。(後にいい具合にぼやかしてくれた
会社には感謝しかない)

極め付けは、占いをする部屋
広くて日当たりのいい部屋は
三男と甥っ子に占領されていた。

私に残されたのは――

4畳半。物置にしてる部屋
机は折りたたみ式の小さなテーブルと座布団を2枚並べただけの簡素な空間。
(テーブルだけは、ピンクの可愛いやつ購入)

部屋を整えている私を見て、家族は異変に気づく。

『何してんの?』←息子
『いや、ちょっとここで仕事しようと思ってさ』
『そう、頑張って』

おーい、突っ込んでくれや‼️
母は、誰かに聞いて欲しいのよ〜😩
激励して欲しいのよ〜📣

旦那さんに至っては、完全スルー
またおかしな事やってるな、と思っているだろう。

なんせ、ずいぶん転職したからなあ
だって無理と思ったら無理なんだもの。

お昼休憩や隙間の休憩時間がものすごく苦手。
皆がする日常の会話に相槌を打ったり
リアクションしたりするのが、苦痛なのだ。
かといって、そんなオーラも出せずに
誘われるままに、お昼休憩をし、
ランチ会やイベントに誘われてしまう。

心の中では
何が楽しいんやろ?
早く家に帰りたい、キツイ。。

帰宅すると、ものすごい疲労感。
断れない自分にも腹が立ち、
結局は、辞めてしまう。
最初は、寛容だった旦那さんも
今では
コイツ、めんどくさ、と思われているに違いない、
まぁ否定はできないけどさ😅

そんな事よりー
何よりもあの時いちばん戸惑ったのが
「タロットだけではダメ」という現実だった。

複数の占術に加えて、
霊視や透視が“できて当たり前”の世界。

占術は、数秘術を必死に勉強して
ノートにまとめて、ほぼ暗記した。

でも――

霊視や透視?

……そんなものは。。ないっす